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恋の誘導尋問~恋に不器用なアイツから僕は彼女を略奪する~ 綾瀬川澄司編3

☆☆☆


 笑美さんが会社から出てくるのを、今か今かと待ちわびる。午前中に逢ったばかりだけど、途中で佐々木さんをまじえてしまったし、どうにも僕に対する印象は薄くなっているはず。


(初対面はあんなに見つめてくれたのに、それ以降は目すら合してくれなくなったのは計算外。どうやって心の距離を近づけるかだ――)


 会社の扉をロックオンしたまま考え込んでいると、目的の人が出てきた。硬い表情で僕を見つめる笑美さんに、にっこり微笑んでみせる。相手の態度がどうであれ、どんなタイミングでも第一印象って大事なんだ。


「笑美さん、お疲れ様です!」


「澄司さん……。お待たせしてしまい、すみませんでした」


「謝らなくていいですよ。僕が勝手に待っていたんだし。車で送ります」


 笑美さんの会社の駐車場に停めてあるところに誘導しようと、スマートに肩を抱き寄せたら、動かしていた足を止める。


「いつもどおり電車で帰りますので、送らなくてけっこうです」


 僕に一切顔を合わせずに、俯いたまま拒否されてしまった。


(千田課長のヤツ、笑美さんに圧力をかけ過ぎたんじゃないだろうか。この雰囲気を打破するのは、かなり厄介な仕事になるな)


「わかりました。ちょっとだけ待っていてもらえますか? すぐに済みますから」


 ポケットからスマホを取り出し、千田課長に電話した。笑美さんは居心地悪そうにその場で立ちつくす。


「もしもし、綾瀬川です。先ほどはありがとうございました。お願いがあるんですけど、僕の車を会社の駐車場に、停めさせてください。笑美さんを駅まで送っていきますので」


 僕の告げた言葉を聞いた笑美さんは、目を見開きながら俯かせていた顔をあげ、まじまじと見つめる。驚きと困惑を含んだ表情に負けじと、優しく微笑んでみせた。


『松尾が大変失礼なことをしてしまい、申し訳ございません』


「笑美さんは失礼なことをしていないですよ。むしろラッキーなくらいです。車で笑美さんをご自宅まで送ったら、あっという間ですし。運転しながら話をするよりも、並んで歩きながら話をしたほうが、お互いの距離が縮まります。そういうことですので、車の件よろしくです」


 事前に笑みさんの住所を千田課長に教えてもらっていたので、場所を把握していた。車のナビに登録していたこともあり、一緒にいられる時間も計測済み。


 向こうの返事を聞かずに、さっさとスマホをオフにした。これ以上待たせると、笑美さんが余計に気を遣うだろう。


 限られた時間を使って、笑美さんとの距離を縮めるのは骨の折れる作業になるので、電車と徒歩での帰宅は、僕としては大変ありがたかった。


「澄司さん、あの……」


「お待たせしました、さて行きましょうか」


 迷わず笑美さんの左手を掴み、手を繋いだまま駅に向かう。千田課長には駅まで送ると言ったが、一緒に電車に乗り込み自宅まで送るつもりだった。


「澄司さん、手を放してください。ひとりで歩けます」


 僕の手を握る気配のない笑美さんの左手を、両手で包み込んだ。顔をさっぱり合わせてくれない笑美さんが、立ち止まってやっと僕を見つめる。


「笑美さんがこのまま走って、僕から逃げそうなので手を繋いじゃいました」


「逃げたりしません……」


「だって、千田課長に命令されてますもんね。なんかそういうの僕も嫌です」


 なめらかな肌を確かめるように手の甲を数回撫でてから、笑美さんの左手を解放した。肩のかけているカバンの取っ手を握りしめて、僕がこれ以上接触しないように施す滑稽な姿に、肩を竦めながら口を開く。


「会社同士のつながりがなかったら、もっと気楽にお互い逢うことができたっていうのに、変な縛りをつけられたせいで、笑美さんの気持ちが暗くなってます」


「すみません……」


「謝らないでください。したくない仕事をさせられる気持ちくらい、僕にもわかるので」


「澄司さん?」


「こうして一緒に歩いて帰ることができて、すごく嬉しいです」


 さっさと話を変えて僕が歩き出したら、笑美さんは困った表情のまま、隣に並んで歩いてくれる。


(さてここからの話題は、笑美さんの好みについて、詳しく教えてもらわなければ。なにかをプレゼントすることもできない)


「笑美さんの好きな食べ物ってなんですか?」


「好きな食べ物?」


 ありきたりなことを訊ねた僕を、笑美さんは不思議そうな面持ちで見上げた。変なことを聞いたつもりはなかったのに、どうしてそんな顔をするんだろうと、頭の中に疑問符が浮かぶ。


「僕はカレーが好きなんです。店によってカレーの風味や使われているスパイスが、全然違うんですよ。あちこち食べ歩きするのが、結構楽しくて」


 ありきたりな質問には、ありきたりな回答が奇をてらわない。いつもどおり、スラスラ答えてやった。


「私は唐揚げが好きです」


 デザート系じゃなく、揚げ物を言った彼女の返答が意外すぎて、一瞬だけ息を飲む。それに対してのセリフが考えついているのに、口から思うように出てこない。


(――これ以上、変な間を与えちゃダメだ。なにやってるんだろ)


「……から揚げ美味しいですよね。もも肉を唐揚げしたものはジューシーさがあっていいですけど、胸肉を揚げたものも肉の弾力や旨みを感じられますし。どっちも甲乙つけがたいかな」


「チーズささ身の揚げたものも好きです」


 先ほどとは違う、柔らかな微笑みを横目でチラ見した。その笑顔がよく見たくて、笑美さんの顔を覗き込む。


「それに大葉がトッピングされていたら、また風味が変わって美味しいですよね」


「……はい。ムダにお酒が進んじゃいます」


 目と目が合った瞬間、顎を引いて距離をとられたので、仕方なく元に戻した。

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