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番外編~結婚しても恋してる~2

「佐々木代理、クリエイティブ・エージェンシーの須藤課長より、急ぎのお電話が入っております。外線3番です」


「ありがとう」


 書類作成の手を止めて、電話に手を伸ばす。引き継ぎで覚えていた、名前の聞いたことのある広告代理店からの初めての電話に、手元のファイルを開いてから受話器を取った。


「お待たせしました。支店長代理の佐々木でございます」


 ファイルには取引している店名毎に、情報が細かく記載されている。クリエイティブ・エージェンシーの欄には『広告の新規参入』という文字がプリントされているだけで、それ以上の情報はおろか、担当者の名前すら入っていなかった。


「クリエイティブ・エージェンシー経営戦略部課長の須藤と申します。初めまして!」


(初めましてと言ってるところを見ると、ウチの内部事情を知ってる人間だ。しかし営業部じゃなく、どうして経営戦略部の課長がわざわざ電話してくるんだろうか。俺の預かり知らぬところで、我社がなにかやらかしてる可能性があるのかもしれない)


「初めまして。このたび支店長代理になりました佐々木です。お急ぎの電話とのことですが、どういったご要件でしょうか?」


 腹の探り合いになる前に、さっさと要件を聞き出す。広告の営業をするだけなら、手早くあしらえばいいだけの話だった。


「前任の土屋さんには、あえて言わなかった話があるのですが、佐々木さんはそのこと、お知りになりたいですか?」


「どうして、土屋に言わなかったのでしょうか?」


 質問にはあえて返答せずに、ズバッと聞き返す。相手の出方を待つには、切り替えが難しいこの戦略が一番なんだ。


「仕事のできない人に言っても、それを有効活用しないからに決まってるじゃないですか」


「有効活用できる情報とは、いい話じゃなさそうですね」


「仕事柄、あちこちの広告代理店の噂話が耳に入ってくるわけですよ。談合とか賄賂的な感じの」


 一際低い声で説明する須藤課長に、一旦電話を保留することを提案した。


(これまた、面倒くさそうな案件じゃないか。早く帰ることができるように、仕事をサクサクこなしている傍から、いつもこれだもんな……)


「込み入った案件になりそうだから、別室で話をしてくる。電話があったら、折り返しするからと伝えてください」


 筆記用具持参で、隣の部屋に移動しようとしたら。


「佐々木代理、喉が渇くかもしれませんので、こちらのお茶をどうぞ」


 部署にいる女子社員が気を利かせて、お茶の入った湯呑みを渡してくれた。


「ありがとうございます。手短に済ませますので、不在中よろしくお願いします」


 そそくさと部署をあとにする俺に、女子社員たちが名残惜しげに見つめていることなど、まったく知る由もなかった。

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