俊哉さんと結婚した。
あれから俊哉さんは名古屋に転勤、私は急きょ寿退社したりと、目まぐるしく私生活がバタバタしいた中で、会社のみんなにお祝いしてもらって、送り出してもらえた。
「俊哉さん、忘れ物はない? お弁当持った?」
「大丈夫、悪いな。昨日のうちに、早く出勤することが言えなくて」
支店長代理になってからの俊哉さんの仕事量は、当然のことながら増えていると思う。朝は早く出勤しているし、帰りも毎日じゃないけど午後10時過ぎになっていた。
それなのに毎晩濃厚な行為をいたす関係で、朝はどうしても慌ただしい感じになってしまう。
「俊哉さん、ネクタイ曲がってる」
靴を履き終えて振り返ったときに気づいたので、曲がったネクタイをまっすぐに直してあげる。
「笑美は髪の毛に寝癖がついてる」
くすくす笑った俊哉さんが細長い指で髪を梳いたと思ったら、目の前に顔が近づいて――。
「ンンっ!」
髪を梳いた手が後頭部に回り、俊哉さんの唇に押しつけるように力が入ったのがわかった。呼吸を奪う、熱烈なキスを堪能したいのは山々なれど。
「ぅっ、しゅ、俊哉さん遅刻…遅れちゃうから!」
「そんな、つれないこと言わないでほしい。あと少しだけ笑美を感じさせたい」
「昨晩たくさん感じさせたでしょ!」
「俺はまだ足りなかった!」
胸を張って言い切られても、私としては困ってしまう。私がイった数は、片手じゃないんですけど!
「笑美がそんなイジワル言うなら、今夜はちょっと変わった嗜好で感じさせようかな」
メガネの奥の瞳が意味深に細められた時点で、嫌な予感が激しくした。しかもちょっと変わった嗜好って、なにをするのかまったくわからない。
「ううっ、いつもどおりでお願いします……」
俊哉さんのアッチの引き出しの多さが想定以上すぎて、毎晩ひーひー言わせられる身としては、本当に困ってしまう。
「いつもどおりって、なにがいつもどおり?」
「俊哉さんっ!」
「行ってきます。遅くなるようなら電話する」
「行ってらっしゃい。頑張ってね」
出て行く大きな背中に声をかけた。あと少しで俊哉さんが見えなくなるくらいに扉が閉まる瞬間に、ふたたび大きく開かれる。
忘れ物をしたんだと思ったのに、俊哉さんはなにも言わずに私を抱きしめた。
「えっ?」
「遅くならないように頑張る。笑美、いつもありがとう」
耳元で甘やかに囁いて、頬に優しくキスを落とし、私の頭を撫でてから出て行く。不意になされるこういうことは、いつまで経っても慣れることはない。
結婚が決まってからは、俊哉さんとの会話を自然にかわすことができるように、敬語を使うのをやめた。そんなちょっとした変化でも距離が縮まって、さらに仲良くすることができた。
「俊哉さん、ありがとう。大好き……」
偶然俊哉さんと出逢ったあの日がきっかけで、結婚するとは思わなかった。そしてこんなふうにしあわせを感じられる日々に、感謝しなければならないな。