松尾と連絡がつかなくなった次の日、今日づけの仕事をさっさと片づけて、斎藤と一緒に松尾を探す。
「そうですか、綾瀬川澄司さん今日は、仕事をお休みしているんですね。実は明後日までに提出しなければならない書類に印鑑が欲しくて。ええ、そうなんです。急ぎの書類に、印鑑を押し忘れていたようでして。綾瀬川さんお忙しい方ですので、こちらからご自宅にお伺いいたします。申し訳ありませんが、住所を教えていただければ。はい、ありがとうございます。大変助かります。わたくし担当の佐々木と申します。いえいえ、困ったときはお互い様ですので。ご丁寧にありがとうございます」
傍から聞いていても、仕事がらみの電話と思われたであろう。受話器を置いた手が自然と震える。喜び勇んでいる場合じゃない、早く松尾を探さなければ。
「佐々木先輩、どうでしたか?」
電話が終わったのを見越して、斎藤が傍に駆け寄ってきた。さっきメモした紙を手渡す。
「綾瀬川は本日急病で休んでる。自宅のマンションで休むよりも、実家で養生している場合があるからって、両方の住所を向こうの担当者がご丁寧に教えてくれた」
「やりましたね。私も仕事を終わらせて半休ゲットできたので、佐々木先輩の指示に従うことができますよ」
「別会社がやらかした失態を、こうしてアイデアで使うことになろうとは思わなかったが、おかげで電話をかけることも出かけることすら、不自然にならなくて済んだ」
周りに気遣いながら、こそっと喋る。実はこのアイデアを提供してくれた別会社からは、昨日の時点で印鑑をいただいているので、これから出かけてもまったく支障がない。
「まっつーを手分けして探すにしても、佐々木先輩はどっちに向かいますか?」
「いいとこの坊ちゃんが不可抗力とはいえ、警察のお世話になった。心配した家族が黙っていないと思うから、俺は実家に向かう」
「わかりました。私はマンションのほうを当たってみますね。スマホのナビに登録したのでバッチリです。ちょっと遠いので先に出発します」
手渡したメモ紙をもとに戻し、慌ただしく去って行く斎藤の背中に向かって、小さな声で呟いた。
「よろしく頼む」
こうして斎藤と二手にわかれて探すことになったが、綾瀬川がこれ以外の場所に松尾を閉じ込めていたらアウトな作戦に、不安があるのは事実――。
「松尾、無事でいてくれ……」
心の中で祈りながらデスクを片づけ、斎藤のあとを追うようにフロアを足早に出たのだった。