次の日、昼飯を食べ終えて仕事がノってきた頃に、綾瀬川が現れた。フロアに入った来た時点で、社員たちが浮き足立つので、嫌でもすぐにわかってしまう。恵まれた容姿と華やかなバックグラウンドに男は歯ぎしりし、女は色めきたつ。
「笑美さん!」
声をかけられた松尾は、肩を竦ませるリアクションをした。この時間帯に逢うとは、思わなかったんだろう。
「澄司さん、今朝はありがとうございました」
「いいんですよ、送り迎えくらい。それと今朝、渡し忘れてしまったものがありまして」
綾瀬川が背中に隠し持っていたものを差し出すと、松尾は微妙な表情で受け取る。
「ぁ、ありがとうございます」
松尾が手にしたピンク色の花の名前はわからないが、色の白い松尾に艶やかさを与えるような感じが伝わってきて、見ているだけで癒されてしまった。
花束で渡したら、きっと綺麗な笑顔が見られそうな気がする。
「これから第三会議室で、打ち合わせなんですよ。えっと、佐々木さんは?」
「綾瀬川さん、なんですか?」
名指しされた瞬間に立ち上がって、デスクから松尾たちをまじまじと見つめる。
「あ~、そこにいらっしゃったんですね。笑美さんの席と離れていてよかった」
(わざとらしい芝居をしてくれる。俺の座席くらい、綾瀬川がここに最初に来た時点で知ってるくせに)
「……綾瀬川さん、そんなことを言いに、わざわざここまでお越しいただいたわけではないですよね?」
「佐々木さんには、お詫びがしたかったんです。僕のせいで、プロジェクトを外されたみたいでしたので」
うちわだけで取り決めていたことを綾瀬川が盛大に披露したせいで、他の職員がざわめいた。これでは松尾の風当たりが、ますます強くなってしまうじゃないか。そんなこともわからずに、言いたいことを言いやがって。
「綾瀬川さん、謝らないでください。現在進行形で抱えている仕事がオーバーワーク気味になっていたので、俺としてはとても助かったんです」
下げたくない頭を、ここぞとばかりに丁寧に下げてやる。心配そうな松尾の心情を考えると、なんとかしてこの場をおさめなければと焦ってしまった。
「佐々木さんがそれでよかったのなら、僕としても一安心です。それじゃあね、笑美さん。今日も一緒に帰りましょう。下で待ってます」
松尾との仲の良さをわざわざアピールしてからフロアを出て行く綾瀬川に、心の中で中指を立てて見送ったのは内緒である。