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番外編9

 松尾と正式に付き合うと、彼女に宣言した日。一緒に帰ろうと思っていたのに、なぜだか逃げるように帰ってしまったので、仕方なくひとりきりで帰り支度をする。


 デスクに置きっぱなしになっているマグカップに気がつき、給湯室に持って行ったら、先客が数人いて中で話し込んでいる様子だった。


「……千田課長に聞かれたの。『松尾の付き合ってるヤツ、誰かわかるかって』誰か知ってる人いないかしら?」


 タイムリーな話題を提供している人物は、聞き覚えのある声だった。たぶん梅本だろう。


「あのコ、いつもヘラヘラ笑って、誰にでも愛想よくしているし、どこの誰と付き合っているのやら」


「ほんと、それ!」


「その愛想笑いを、四菱商事の専務の前でしたみたいよ。なんでもこの次に、息子と逢うことになったんだって」


「マジで? それって玉の輿に乗る気まんまんじゃん」


「社内にいる男を何人手玉にとっているのか知らないけど、あからさますぎるわよねぇ」


 梅本とその仲間たちで構成された会話に、ムカつきを覚える。傍で聞いていて、激昂に駆られるくらいに――。


「君たち、そこを退いてくれないか。邪魔だ……」


 怒りをなんとか飲み込んで、目の前にいるヤツらに声をかけた。俺がいることに驚いたのか、揃って驚いた顔をする。


「佐々木先輩、お疲れ様です。手に持ってるマグカップ、洗っておきますよ……」


 用事がないのに、必要以上に俺に接触してくる女子社員が笑顔を作り、擦り寄ってきた。梅本たちは慌てて給湯室から出て、邪魔をしないように施す。


「自分で洗うから、遠慮してくれないか」


「でも……」


 食い下がらない女子社員に、冷たく背を向けたまま、ハッキリ言ってやる。当然、梅本たちにも聞こえるように。


「彼女以外に、自分のものに触れられたくないんだ。邪魔だからそこ退いてくれ」


「佐々木先輩、彼女……いたんですか?」


 女子社員は小さな目を大きく見開き、体を震わせながら俺の傍から退く。背後にいる梅本たちがひそひそ話をすることで、妙な雰囲気を感じとることができた。


「いつもヘラヘラ笑って、誰にでも愛想よくしてるって、君たちが噂していた人物さ。その笑顔に惹かれたってわけ」


「ううっ!」


 しれっと言い放った途端に、女子社員は嗚咽をもらして去って行く。これでまとわりつかずに済むことに、せいせいしたと思ったときだった。


「佐々木くんの彼女が松尾さんって、本当なの?」


 梅本が声をかけてきたので、顔だけで振り返り、鋭いまなざしを送ってやる。


「そうだけど。これ以上彼女の悪口を言いふらさないでくれ。松尾はフロアの雰囲気を考えて、笑顔でいるんだ。自分がどんなに体調が悪くても、つとめて明るく振る舞ってる。誰かさんたちと違って、そのときの気分で、当たり散らすようなことなんて、ひとつもしていない。彼女を見習って、少しは態度を改めたらどうだ?」


 俺が言い終える前に、踵を返した梅本の態度にイラついたが、松尾の悪口の原因がこの場からなくなったことに、ほっとしたのだった。

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