梅本たちと社食で一戦を交えた次の日、松尾がドラ息子を引き連れて、フロアに顔を出した。どこか疲れきった松尾の様子を目の当たりにしたので、慌てて駆け寄る。
「貴方が笑美さんの彼氏さんですか?」
静まり返ったフロアに、電話の呼出音がムダに響き渡っているというのに、彼の声がハッキリと聞き取れた。
「……はい、佐々木と申します」
顎に手を当てながら、まじまじと俺を値踏みするように見つめる視線を、あえて受け続けた。
(このドラ息子、あのハゲ専務と本当に血が繋がってるのか? どこかの芸能事務所に所属しているタレントと言われても、全然おかしくない。顔の出来が、そんじょそこらのヤツとレベルが違いすぎる)
「確か佐々木さんは、我社とのプロジェクトに関係していませんか? 書類のどこかに、お名前があったと記憶しております」
「微力ながら、お手伝いさせていただいてます」
愛想笑いをする俺からの視線を逸らさずに、ドラ息子は実に朗らかに対応した。
「お話し中のところすみません。個人的に込みいった話があるので、移動をお願いします!」
両手に拳を握りしめた松尾が、話を引き裂くような大きな声で俺たちに話しかけた。その様子は、すぐにでもここから出たいことが、ありありとわかるものだった。
「笑美さんのお願いを、きかないわけにはいきません。佐々木さん移動しましょうか」
俺が返事をする前に、先にドラ息子が松尾に返事をしてしまったため、言い出しそびれたセリフを口を引き結んで、慌てて飲み込む。
周りの視線を一身に浴びながら、踵を返したドラ息子のあとを追いかける松尾の手を、俺から逃げないように素早く掴んだ。
「佐々木先輩?」
振り返って問いかけた松尾に、一瞬だけ視線を絡めたが、嫉妬心をなんとか隠して強引に歩いた。
俺の隣ではなく、ドラ息子のあとを追いかけたことに、焦れてる場合ではない。居心地を悪そうにしている松尾の気持ちをくまなければと、自身に言い聞かせながら、フロアをあとにした。
「仲がよろしいみたいですね」
松尾と廊下に出たら嫌味にも思える言葉を、ドラ息子が爽やかに言い放った。視線はバッチリ、俺たちの繋がれた手にロックオンされている。
「やっ、あのこれは……」
赤ら顔で松尾が答えたタイミングで、そっと手放した。
微笑みを崩さない、アイドルの見本みたいなドラ息子に向き合い、いつもより低い声で答える。
「別に。付き合っていれば、普通だと思います」
「僕だけじゃなく職場の方々にも、しっかりアピールしたくなったんでしょう? これは俺の女だって」
俺を見下ろす視線に、蔑むようなものを感じた。人を馬鹿にしたような薄笑いが、それを助長するせいだろうか。
「そんな、くだらない意図はありません。それでお話があるのは、綾瀬川さんですよね?」
松尾じゃないのを確認するために彼女を横目で見たが、心配そうな面持ちで自分の読みが当たっているのがわかった。
「くだらない意図なんていう言葉で、表現されるとは思いませんでした。そうか、佐々木さんにはハッキリ言っておいたほうがいいみたいですね」
「なんでしょうか?」
「僕、笑美さんがとても気に入りました。彼女とお付き合いしたいので、別れてもらえませんか?」