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番外編8

「俺が誰かと付き合うのって、いつも向こうから告白されて、スタートしていたんだ」


「そうでしょうね。佐々木先輩イケメンですし、女性がキャーキャー言いながら、群がる姿が目に浮かびます」


(そんな状態だったら、今頃は彼女の1人や2人いて、選り取りみどりだろう)


「とりあえず相手を知るために、試しに付き合ってみるんだけど、相手がのぼせればのぼせるほどに、俺はソイツを好きになれなくてさ。結局うまくいかなかった」


「なるほど……」


「今回も松尾にアプローチされて、いつものパターンかよって内心思った。居酒屋でいろんなことを喋ってるうちに、不思議と惹きつけられるものを、俺の中で感じとることができたんだ」


「惹きつけられるもの?」


 松尾は昨日のことを思い出そうとしてるのか、右斜め上を見つめてぼんやりする。


「一目惚れとは違うよな。なんて言葉で表現したらいいのか。とにかく俺は松尾が好きだ」


 告白するのにタイミングは悪くないと思って、堂々と告げた。それなのに松尾は照れるどころか、なぜか周りをキョロキョロする。目の前でなされる無意味な行動に、頭の中でクエスチョンマークが浮かんだ。


「佐々木先輩ってば、人の誘いを雑なアプローチとか言って非難してたのに、こんな色気のない場所で告白されても、ピンとこないですよ」


 せっかくの告白は、文句になって返ってきてしまった。当の本人は、慌てて背中を向ける始末。このままじゃダメだと判断し、色気のない場所と称されたところだったが、後ろから松尾を抱きしめる。


 抱きしめたのはいいが、ここからどうしようかと悩み、目の前にある頭に顎を乗せた。


「元彼との付き合いで疲れているであろう松尾に、どうしたら恋愛する気持ちを起こさせることができるだろう?」


「恋愛する気持ち!? それはえっとですね、過度な束縛は嫌です。苦しいですので……」


 松尾の苦しいというセリフに、嫌われてしまうことをしてしまったのを痛感した。


「わかった。腕の力を緩める」


「やっ、佐々木先輩にされてることじゃなくてですね、何してるっていうLINEを、数分おきに送ってきたり――」


「じゃあ松尾の存在を感じるために、思いっきり抱きしめることはOKなんだな?」


 元彼のことを指摘したのがわかったので、安心して腕の力を強める。松尾の頭に顎に乗せていた頭をちょっとだけ移動して表情を窺うと、いい感じに頬が赤く染まっていた。


「私としては、刺激の強い触れ合いはちょっと……。少しずつ距離を縮めていくような感じが、いいかもしれません」


 意識されていることがわかり、嬉しくてならない。しかし本人の希望は、少しずつ距離を縮めていくこと――せっかく松尾が振り返って、互いの顔が近くにあるのに、このまま唇にキスできないのは残念だな。


「佐々木先輩、近いですよ……」


「少しずつ距離を縮めていくのって、こんな感じか?」


 唇がダメなら、別の場所にすればいいと思い、柔らかそうな頬に唇を押しつけた。


「松尾の頬、すごく熱くなってる」


「しっ、刺激の強い触れ合いはNGですっ!」


「頬にキスなんて、子どもでもするだろ。俺なりに、これでも譲歩してるんだけど」


「それでも私には、刺激が強すぎます!」


 静かな俺の声に対して、松尾の非難の声が室内に響いた。


「俺としてはもっと刺激の強いコト、積極的にしたんだけど?」


 さて、俺の冗談をどうかわしてくれるのか見物しようと、あえて耳元で問いかけてみた。松尾の顔は、熟したイチゴのようになっていて、なにを想像しているのか、手に取るようにわかる。


「むっ、むむむむ無理です! 死んじゃいます!」


 情けない声を出しているのに、相変わらず変な笑顔を崩さないリアクションの松尾が可笑しくて、目の前にある肩口に顔を押しつけた。


「うっ……」


「佐々木先輩?」


 大爆笑まであと少し。それでもギリギリまで我慢しようと、無駄にあがいてしまう。


「ううっ、くっ……」


「佐々木先輩、あの……」


「…………」


 ダメだ、今にも吹き出しそう。しかも松尾が俺のことを心配している事実も、さらに笑いを誘う。


「佐々木先輩とお付き合いしてもいいですよ。さっき言ったように、少しずつ距離を縮めていく感じでお願いします……」


「くくっ!」


 抱きしめていた松尾を勢いよく放り出して、お腹を抱えながら爆笑した。傍にある棚をバシバシ叩いて笑いをやり過ごそうとしているのに、なかなかそれがおさまらない。


「佐々木先輩、笑いすぎですよ。そんなふうに笑うようなこと、私は言った覚えがないのに」


 呆れたまなざしで俺を見つめる松尾の顔が何とも言えず、メガネを外して涙を拭ったそばから、また笑いだしてしまった。


「佐々木先輩っ!」


「悪い悪い。間近で松尾の百面相を見ているのが、面白くてつい」


「はい?」


「それを見てるだけで、なにを考えてるのか手に取るようにわかってしまうものだから。とりあえず、付き合うことを決めてくれてありがとな」


 きちんとメガネをかけ直してから、松尾に向かって右手を差し出す。俺の顔と右手を交互に見つつ、恐るおそる松尾の右手が俺の手を掴む。交際することがやっと完了した瞬間だった。


(――さてと。恋人らしいことくらい、なにかしてやろうか)


「松尾が不安にならないように、ちょっとずつ距離を縮めていけばいいんだよな?」


「束縛されるのは苦手なので……」


「それじゃあまずは、見える形で俺の気持ちを表してやる」


 なにをされるかわからないという、不安そうな松尾の顔をじっと見ながら、繋いだ右手を引き寄せた。


「ちょっ?」


 そして右手をくるっとひねって手首を露出させて顔を寄せ、細い手首にやんわりと口づけを落とす。


 唇に伝わってくる松尾の熱を直接感じつつ、皮膚を強く吸ってやった。縦長の痕が綺麗に残ったことに満足しながら、自分の気持ちを込めて告げる。


「松尾が好きだよっていう意味だから、それ。不安になったら触れるなり舐めるなり、好きにしてくれ」


「舐めるなんてしませんよ!」


 慌てふためき、視線を彷徨わせる松尾のリアクションは初心そのもので、かわいいと素直に思った。もっといろんな顔を見てみたいと切に願う。


「私からは、なにもしませんからね……」


 これでもかと顔を赤くしながら、両手を握りしめて俺を睨む表情もいいな。なんて思えるなんて、相当ゾッコンだろうか。こんなに松尾に対する気持ちが高鳴ってるなんて、本人は思いもしないだろう。


 まだ恋は、はじまったばかりだというのに――。


「先に戻ってる。顔の赤みが落ち着いたと思ったら戻ってこい」


 赤ら顔が移りそうだったので、慌てて松尾の前から消えざるをえなかった。手首のキスマークのように、見える形で松尾を縛りたい気持ちを、少しでもわかってほしかった。

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