蛍光灯の光を受けて光り輝く禿面の専務を、穴が開く勢いで見つめてしまった。もちろん、俺の心がときめいたからではない。
『うちの息子は25なんだが、どうだろう。今度逢ってみては――』
(前回お見えになったときに、専務が褒めたお茶を淹れた女子社員を千田課長に聞かれたから、記憶に残っていた松尾の名前を教えたことが、こんな展開になろうとは――)
「綾瀬川専務には、私の年と近い息子さんがいらっしゃったんですね」
当たり障りのないセリフを告げた松尾を内心褒めながら、この場をひっくり返す言葉を急いで考える。このままじゃ松尾が、専務のドラ息子に捕られかねない。
「松尾には、すでに決まった相手がいますよ」
「ぶっ!」
俺が言い終える前に、松尾が思いっきり吹き出した。冷静さを装った完璧な演技つきで喋ったというのに、おかげで雰囲気が見事に壊れてしまった。
「松尾、彼氏いるのか?」
千田課長は気遣うように、目の前の専務に視線を飛ばしてから、心配そうな面持ちで松尾に話しかける。
室内にいるすべての人間の視線を一身に浴びた松尾は、焦った様子をありありと滲ませていた。
困惑のあまりに、落ち着きなく泳ぐ松尾の目線に気がつき、膝に置いた俺の手を見るように、微妙に動かした。ロックオンされたと同時に、人差し指で俺自身を指さす。どんなに鈍感でも、このジェスチャーの意味くらい、すぐに理解するだろう。
「いっ、ぃ、います、彼氏! 綾瀬川専務すみませんっ」
松尾は専務に向かって深く頭を下げ、至極丁寧にお断りしたというのに――。
「別にかまわないよ」
なんていう信じられないセリフが、専務の口から告げられてしまった。正直がっかりである。
「え、へっ?」
専務からの返事が信じられなかった松尾は、狼狽えた声を出して、少しだけ顔をあげる。
「若いうちはさ、いろんな人と出逢ったほうが、いい経験になるさ。なぁ千田課長」
「はあ、まぁ……」
松尾にではなく、千田課長を話の間に入れたことにより、専務がちゃっかり圧力をかけたことが明白だった。
(俺が先に松尾を見つけたというのに、横からあっさり掻っ攫うつもりなのかもしれない)
あからさまに俺が専務を睨んでいるとも知らずに、向かい側でどこか楽しそうに口を開く。
「今回の仕事のこともアイツに知ってほしいし、ちょうどいい。三日後の打ち合わせのときに連れてくるよ。松尾さん、かしこまらずに、軽い気持ちで逢ってやってくれ」
「わかりました……」
松尾が専務のドラ息子と見合いする。堂々と付き合う宣言をしたのは俺だけで、いまだに松尾の気持ちは固まっていない。
ゆえに、松尾に好意を抱いてもらう努力をしなければならないことと並行して、ドラ息子の魔の手からも守らねばならず、非常に厄介な案件だった。
俯かせていた顔をあげて松尾を見たら、困惑した表情で俺だけを見ていた。視線を絡ませて小さく頷いたら、お盆を持つ松尾の手に力が入り、安堵する面持ちに変化する。
たったそれだけのことで、闘志がみなぎる自分の心が単純すぎることに、かなり呆れ果てたのだった。