彼氏らしいことをして驚かせようと、松尾が出勤してくる前に先に会社に到着し、愛用しているメモ帳を前に、頭を悩ませていた。
(まずは昨日の礼を書いて、俺に対する印象を良くしなければ。そこからうまいこと、次のデートに持ち込んでみるか――)
『昨日は偶然とはいえ、
一緒に呑めて楽しかった。
松尾のいろんな話を聞いてやるから
また行こうな。 佐々木』
他人行儀ともいえる、あっさりしすぎた文章を前に、このままじゃいけないと胸の前に腕を組んで考え込んでいたら、「佐々木先輩おはようございます。コーヒーです……」という遠慮がちな声が耳に届いた。
顔をあげて横を見ると、俺の視線を避けるように、隣のデスクに移動しようとしたため、松尾の着ている制服のベストの裾を掴んで引き留める。
「松尾、おはよ」
「ぉおっ、おはよ、ござぃま、すぅ……」
俺を意識しているらしい不審な挙動に、笑いを堪えるのが大変だった。
「今日は当番だったんだな。早く終わらせて、自分の仕事をやっつけろよ」
そんな松尾のおかげで、妙に力んでいた気持ちが、面白いくらいに抜け落ちた。よそよそしい文章を書いたメモ紙を握りつぶしてなきものにし、松尾が淹れてくれたコーヒーを飲む。
芳醇な香りと独特な苦みをしばし堪能してから、頭の中をリセット。昨日のやり取りで感じた、素直な想いを書き込んでみる。
『珈琲美味かった!
昨日は一緒に呑むことが
できただけじゃなくて、
楽しい時間を過ごせたのが
とても嬉しかった。
松尾、ありがとう。
また行こうな。
俊哉』
これを読んだ松尾が、彼氏として俺を意識するのを期待しながら、メモ紙を丁寧に折って、ポケットに忍ばせる。手渡すタイミングを計ることすら、今は楽しくてならない。