「いーえ、おかまいなく! それで佐々木先輩はどうなんですか?」
(彼女はおろか、同性の同期にも相手にされないロンリーな俺に、どうなんですかとは、手厳しい質問だな)
じっと見上げて俺の返答を待つ松尾の嬉しそうな顔から、期待するようなものがにじみ出ていたが、残念ながらそれに応えることはできないので、小さなため息をついてから、やっとといった感じで口を開く。
「……仕事が恋人の俺に、そういう質問をする時点で、どうかと思うけど」
「仕事が恋人……?」
「なんだよ、その目は。可哀想なヤツを憐みる感じで見られると、対処に困ってしょうがない」
「意外だなと思って見つめたんですよ、これでも」
「意外?」
言葉の意味が理解できなくて目を瞬かせたら、松尾は難しいことをレクチャーする予備校の講師のように、右手人差し指をぴんと立てて、偉そうに語りかける。
「スーツをビシッと決めるように、着ているワイシャツの皺がひとつもなく、ネクタイのセンスもいい、イケメンな佐々木先輩に彼女がいないのが不思議だなぁと思っただけですよ。ほかの男性社員と比べて隙がないのは、変な噂話をされないようにした、佐々木先輩の気遣いかなぁって」
「実際俺には彼女はいない。だからそんな気遣いする余裕はないし、仕事のことで頭がいっぱいだ」
肩を竦めながらメガネのフレームをあげて事実を述べると、松尾は目の前で歪んだ笑いを頬に浮かべた。
「佐々木先輩は、仕事が恋人ですもんね。ちょっとくらい、浮気をする余裕はないんですかぁ?」
「浮気か。松尾がいい女を紹介してくれるのかよ」
売り言葉に買い言葉。松尾はどんな女を紹介してくれるのか興味があったので、ニヤニヤしながら言ってみたセリフだった。
俺の笑みとは対照的に、松尾は真顔になったかと思ったら、無言で自分の顔を指さす。真顔になったわけは、真剣にアプローチしているという表れだろうか。まぁ下手に擦り寄られるよりは、好感度抜群だと思うが――。
「松尾は、アプローチの仕方が雑だな。もう少しくらい、駆け引きするなりしてみろって」
「仕事のことで頭がいっぱいな佐々木先輩に、無駄な負担をかけないようにした、私なりの気遣いなんですけど」
「松尾なりの気遣いか、ふぅん。それで松尾と付き合うとして、俺になにかメリットはあるんだろうか?」
ここまでのやり取りが面白かったので、からかいも含めて訊ねてみた。
「へっ?」
呆けた顔丸出しの松尾の態度で、まったくなにも考えていないことがわかったので、このあとついてくる確率8割だと予測しながら提案してみる。
「男受けしそうにないその恰好に、薄化粧を施しているところを見ると、このあとどうせ暇なんだろ。そこのところも含めて話を聞くぞ。ついてこい!」
俺にアプローチした時点で、絶対についてくるという自信が、歩幅になって表れる。大きなスライドで歩いているというのに、松尾の動く気配がなかった。
「松尾、来るのか来ないのかハッキリしろ」
数歩先で立ち止まり、仕方なく振り返ると、松尾は口を開けっぱなしの状態で固まっていた。俺の声にハッとしてから、照れを隠すように俯いて追いかけてくる。
「ついて行きますので、置いていかないでください。喜んでお供します!」
友達以外で女性と並んで歩いて食事に向かうのは、いつ以来だっただろうかと、ぼんやり考えながら行きつけの居酒屋へと向かったのだった。