月曜日、若干の疲れを抱えた状態で出勤した。疲労といっても普段の疲れをとは違うもので、くすぐったさを伴ったそれに、思わず苦笑いを浮かべる。
「あ、まっつーおはよ……」
らしくないくらいにおとなしい斎藤ちゃんが、私がフロアに入ったと同時に駆け寄る。
金曜日の退勤後、斎藤ちゃんから送られてきたLINEの内容が『同僚の加藤が一緒に綾瀬川と会ってくれることになったから大丈夫』だったので、それでも気をつけてねと返信していた。
「斎藤ちゃんおはよ! 無事でなによりだよ」
「あーうん。ホント無事でよかったと思うわ」
視線をあちこちに飛ばして返事をすることに違和感を覚え、改めて考えてみる。澄司さんと一緒に逢う際に同伴した加藤先輩は、斎藤ちゃんの同期で、今までなされた会話からは、彼の名前は一切出てこなかった存在だった。
「加藤先輩がいたおかげで斎藤ちゃんには、なにもなかったってことなのかな?」
斎藤ちゃんに訊ねたタイミングで、目の端にその人を捉える。加藤先輩と俊哉さんが、フロアから一緒に出て行くのがちょうど見えた。
「それがなんの因果か、三人で飲むことになってさ。よせばいいのに、お酒の弱い加藤が綾瀬川に焚きつけられて飲まされて、動けなくされたのさ。その結果、綾瀬川のマンションに私が抱えて運ぶことになったのは、規格外の労働だと思う」
「予想外の展開なんですけど! どうして澄司さんが加藤先輩を焚きつけることをしたのかが謎だし、そのあと移動したマンションで、なにがおこなわれたのか――」
(ドМの澄司さんを、加藤先輩が言葉で、斎藤ちゃんが殴ったりして、ふたりで虐めぬくなんてことをするわけないだろうけど、それはそれでおもしろい姿かもしれない)
「ちょっと、やだ! 自分がポンコツ先輩の家で、いやらしい週末を過ごしたからって、私までそういう目で見るのやめてくれる?」
斎藤ちゃんとのLINEの流れで、俊哉さんの自宅に行くことを教えていた経緯が、変なセリフになって返ってきてしまった。思いっきり、墓穴を掘ったと思われる。
「いっ、いやらしい週末なんて言葉で、表現されたくない! いたって普通だったよ。恋人同士で普通に過ごす、ごくごく普通の週末って感じでした!」
(絶対に言えない。潮吹きするまで感じさせられた挙句に脱水症状になって、慌てた俊哉さんがフルチンでキッチンに走っていくなんてこと……)
「普通を連呼されても、ポンコツ先輩が相手だからなぁ。普通がまったく想像できないんだけど?」
背の高い斎藤ちゃんが、わざわざ腰を曲げて私に顔を寄せる。彼女が自分のことを、うまく煙に巻いているなんて気づかずに、慌てふためいていたときだった。
「おはよう。大体みんな出勤しているようだから、先に言っておく」
広いフロア全体に聞こえるように、大きな声で部長が言い放った。コーヒーを配っている係の人は手を止め、私たちのように会話をしている者たちは、一様に口を噤む。
「辞令の出る前だが、佐々木が名古屋の本社直轄の支店に、支店長代理として栄転することになった。今月末までに佐々木が現在請け負っている仕事や、いろんな調整を早急になんとかするように! 大変だろうが、みんな協力してくれ」
部長のセリフで、フロアが一気にざわめいた。当然だろう、ここでの仕事を、俊哉さんがたくさんこなしていたのだから。