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お風呂からあがった俊哉さんの手にはビール、私はオレンジジュースで乾杯する。
「笑美、遠慮しないで、ビール飲めばよかったんじゃないのか?」
バスローブ姿の俊哉さんがとても美味しそうに、ビールを半分飲み干した。
「いやぁ、なんだかビールっていう気分じゃなくて……」
にこやかに話しかけられたのだけど、どうにも目のやり場に困ってしまって、うまく返事ができない。
ソファに並んで座ってる私たち。わざわざ覗き込まない限り、俊哉さんが着ているバスローブからチラリズムする半裸を見ることができないのに、オレンジジュースの入ったコップを持つ手に汗をかいてしまった。
(このあと、俊哉さんのあの胸に抱かれることを考えるだけで、すっごく緊張してしまう)
「笑美……」
「はい?」
オレンジジュースをガン見していたので、俊哉さんに呼ばれたタイミングで顔をあげる。すると大きな手が私の頬に触れながら、顔が近づいてきて――。
「んッ!」
強く押しつけられた俊哉さんの唇から、ほろ苦いビールが流し込まれる。そのことに驚きつつも、なんとか零さずに飲むことができた。
「笑美におすそわけ。俺ひとりで酔うのは寂しいからさ」
「俊哉さん、いきなり口移しするなんて、びっくりしました」
「そんな気分じゃないって言ってたけど、どんな気分なんだ?」
訊ねながら私の濡れた唇に触れて、メガネの奥にある瞳を細める。その様子は、どこか心配そうな感じに見えた。
「どんな気分と言われても……」
ドライヤーをかけていない俊哉さんの髪は、しっとり濡れているだけじゃなく、前かがみになって私の顔を覗き込むせいで、バスローブの前が思いっきりはだけている状態。それは色っぽいを通り越して扇情的な姿で、思わず目を瞬かせてしまった。
「笑美、きちんと言ってくれなきゃわからない。嫌ならなにもせずに、このまま寝ることにする」
「えっ?」
「だって昨日の今日だ。あんなことがあったあとだから、そういうのを拒否したくなる気持ちを尊重しなければならないかなと、俺としては考えているんだが」
「俊哉さん……」
(いつも私のことを考えて、優しく接してくれる。本当に素敵すぎる彼氏だよ)
「笑美の喜ぶ顔が見たくて、好きな物を作ったり、俺のシャツを着せてみたりと、俺のしたいことばかり実際しているんだ。というか笑美がここに来るように、ちゃっかり誘導してる……」
寂しげに言った俊哉さんは、近づかせていた顔を元に戻し、きちんと座り直して私に向き合う。
「綾瀬川にずっと嫉妬してた。笑美にその気はなくても、会社の行き帰り限定でアイツが傍にいることや、昨日のことも。笑美をひとりじめしたくて、好物を作って家に招いて、あわよくば一晩過ごして、自分のものにしようとしてた」
「…………」
俊哉さんはまぶたを伏せて、私に向けた視線を逸らす。まるで自分の気持ちを隠すように視線を逸らされてしまったせいで、私自身どうすればいいのかわからなくなった。
(自分のものにしたいって言ってるのに、見えない壁をこうして作られてしまったら、私は言葉すらかけられないよ)
「だけどここで一緒に過ごしているうちに、笑美の様子がらしくない感じになってるのを目の当たりにしたら、それまでの計画がどうでも良くなってしまった」
一気にまくし立てるなり、残っていたビールを全部飲み干す。私は一口だけオレンジジュースを飲んでから、目の前のテーブルに置いた。
「俊哉さんは優しすぎます」
呟くように言って両目をぎゅっとつぶり、俊哉さんの胸の中に思いきって飛び込んだ。俊哉さんが持ってるコップの中身がなにもない状態だからこそ、どんなに勢いをつけても大丈夫なことに安心して、ぎゅっと縋りつく。
「笑美っ!」
裸の胸に頬を寄せる。耳に聞こえる俊哉さんの鼓動はすごく早くて、私も同じようにドキドキしていた。
「笑美、あの……」
「俊哉さんが優しいのはわかってますけど、今くらいはワガママになってくださいっ」
「俺は充分にワガママだろ。あのさ、その格好をさせたのは俺だけど、そろそろ離れないと手を出すかもしれないぞ」
持っていたコップをテーブルに置いた俊哉さんは、私の肩に両手をかけて、体から離そうと力を入れる。それに抗うべくバスローブを掴んで、離れないことをアピールした。
「どうぞ手を出してください。絶好のチャンスを逃すんですか?」
「でも……」
俊哉さんは困った感じで言葉を飲み込む。それと同時に、両肩に触れている手の力がなくなったのがわかった。抗っていた私も力を抜いて、大きな体にしなだれかかる。
「俊哉さんの優しさがもどかしいです」
真っ白いバスローブをぐいっと強く引っ張って、精一杯顔をあげた。それに導かれるように、俊哉さんの顔が近づきそして――。
口移ししたときよりも、熱い口づけをかわすことができた。
「ンンっ……」
むさぼる感じでなされるキスに、どんどん呼吸が乱されていく。熱を帯びた俊哉さんの舌遣いだけで、どうにかなってしまいそうで、縋るように俊哉さんの首に両腕を巻きつけようとして、それに気がついた。
(いつの間に、シャツのボタンを外したんだろ。全然気がつかなかった……)