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会社に着いていつものようにフロアに顔を出したら、斎藤ちゃんがいち早く気づいて、私のもとに駆けつけてくれた。パンプスの音を鳴らしてしまうくらいに急いで近づき、化粧が崩れてしまうと思うような表情をそのままに、私に向かって飛びつく。
「まっつー、無事でよかった!」
朝の挨拶なしに私にぎゅっと抱きつき、ぐちゃぐちゃになるくらいに頭を撫でまくる。斎藤ちゃんの身長がかなり高いため、そうなってしまうのは当然なれど――。
「斎藤ちゃん、苦しいよ……」
「だってこうやって、無事なのを直接確かめことができるとは、思ってもいなかったんだよ~」
私の頭頂部に頬を擦りつけて涙ぐむ斎藤ちゃんに、小さな声で注意してみる。
「まずは、周りの目を気にしたほうが……」
髪型が乱れて最悪な私を斎藤ちゃんが見下ろして、しっかり視線を合わせた。そしてふたりそろって背後に視線を飛ばすと、従業員のみなさんが呆然としながら見つめている状況に、斎藤ちゃんは抱きしめていた私を放り出す。
「まっつー、ごめんね。とりあえず、ちょっと出ようか」
滲んだ涙を拭いながら私の腕を掴み、颯爽とフロアの外に導く斎藤ちゃんの行動力を見習いたいと思ってしまうのは、ちらりと確認したデスクに俊哉さんがいなかったから。
(昨日のお礼をLINEで伝えたのに既読にならない上に、電話しても繋がらない。しかも出勤していないなんて、いったいどうしたんだろう?)
「給湯室は誰かが絶対来るし、そこの会議室は朝一の会議で押さえられているから、こっちがいいかな。朝から人は来ないでしょ」
そう言い切った斎藤ちゃんが向かった先は、廊下の突き当りにある備品庫だった。
「まっつー、危ない目に遭ったんでしょ? 怖かったよね」
備品庫の中に入るなり、ふたたび私に抱きつき、しみじみと語りながら頭を撫でてくれる斎藤ちゃんの優しさに、もらい泣きしそうになる。
「斎藤ちゃん、ありがとね。わざわざ半休とって私を探してくれて」
「そりゃそうでしょ。昨日の朝、佐々木先輩が「松尾と連絡がとれなくなった」って、血相変えて私に言った時点で、ヤバみを感じたし。でもさ、無事に一件落着したのに佐々木先輩ってば、今朝はまだ来てないみたいだけど?」
斎藤ちゃんの言葉で、私はスマホを取り出し、LINEをチェックしてみる。やはり既読はついていなかった。
「昨日の夜、私の自宅で佐々木先輩に夕飯を作ってもらってから、いろいろ話をしていて、感極まって泣きじゃくってしまって。そんな私を佐々木先輩が慰めてくれたんだけど、泣き疲れてそのまま寝ちゃったんだ」
「佐々木先輩やるじゃん。ポンコツ発揮しなかったんだね」
抱きしめていた私を放して、涙を拭った斎藤ちゃんは、安心した顔で返事をしてくれた。
「それで今朝、佐々木先輩にお礼を兼ねてLINEを送ったんだけど、既読にならないの。電話しても留守電になって繋がらなくて」
言いながらスマホを見せると、胸の前に腕を組んだ斎藤ちゃんが、大きなため息をついた。
「手っ取り早く、昨日と同じ作戦で行くか……」
「昨日と同じ作戦?」
「千田課長に聞いてみるということ。一応上司なんだし、なにか知ってる可能性が高いでしょ」
斎藤ちゃんはにっこり微笑んで私の髪型を手早く直してから、颯爽と備品庫から出る。追いかけるのにスライドする歩幅が違うため、小走りになってしまった。
「千田課長、おはようございます」
フロアから一直線に千田課長のデスクに赴いた私たちは、きちんと挨拶をしてから一礼する。すると、見るからに憂鬱そうな表情で凝視された。
「おはよう。佐々木なら今日は私用で休みだ、以上」
こっちが訊ねる前に、千田課長は誰に用があるのか瞬時に悟って、すぐに答えてくれたのはいいけれど――。
「私用って、いったい……」
「本人からは、私用で休みますと報告を受けている。詳しくは知らない」
斎藤ちゃんのいいかけた言葉を、ぶった切るようなセリフを吐き捨てた千田課長は、もう聞くなと言わんばかりに視線を逸らし、パソコンの画面とにらめっこする。
私たちは佐々木先輩の情報がないまま、今日の仕事をこなすしかなかった。