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諸手続きを終えて刑事さんが帰り、澄司さんとふたりきりになってしまった。
(私の着替えや持ち物は、いったいどこにあるんだろう。しかも手元にスマホがないせいで、外に連絡ができない。つぅか間違いなく佐々木先輩が心配して、LINEをしているハズ。既読にならないことを、不審に思っているだろうな)
「笑美さん、気分は大丈夫ですか?」
「気分っ? 澄司さんみたいにどこか怪我をしているわけじゃないし、元気ですので、そろそろお暇したいかも……」
そろっと腰をあげて、ベッドに腰かける澄司さんと距離を遠くした。ベッドの上にふたりきりでいる時点で、危険度はかなり高い。
「目に見える傷は、絆創膏や包帯をして治すことができるものですけど、あんなふうに元彼さんに襲われたせいで、心にキズがついてると思うんです。僕が思っているよりも深く」
私の顔を見ずに、なにもない空間を見ながら語る澄司さんの瞳から、大きな粒の涙が流れてギョッとした。
「澄司さんこそ、大丈夫じゃないですよね。もしかして傷が痛んでいるとか」
泣いてる男性の慰め方がわからないゆえに、無駄にわたわたしてしまう。
「僕、昔から泣き虫で、すみません。笑美さんの前だと、カッコ悪いところばかり見せてしまう。嫌いになったでしょ?」
「好きか嫌いかで判定するなら、えっと嫌いじゃないとしか言えないみたいな」
ここで嫌いだと言ったら最後、号泣しそうな気がして、こう言わざるを得なかった。
「僕ね会社では、名前で呼ばれたことがないんです。男性社員はそろって『七光り』って呼ぶんですよ。上司も先輩も同期も……。普通ならありえないですよね」
いきなりはじまった澄司さんの会社の愚痴に、愛想笑いが思いっきり引きつったものになる。
(ここは澄司さんの愚痴に徹底的に付き合って同情し、境遇は違うけれど悲しみを背負うふうを装った私が、無事に帰ることができるように、うまく話を持っていけばいいかな)
「澄司さんの心にも傷がついてるから、私を気遣うことができるんですね」
「優しいな、笑美さんは」
「そんなことないです。アハハ……」
どんよりした雰囲気が漂う空気感をなんとかしたくて、思わず笑ってしまった。
「僕、考えたんです。七光りと呼ばれるんだったら、正々堂々とそれを使って仕事に活かして、結果を出せばいいんじゃないかなって。今度はその結果が良くても悪くても、ひがまれるということにつながったんですけどね」
(う~っ、慰めの言葉が出てこない。澄司さんの会社って、そんなに酷いところなのかな)