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(昨日から松尾と連絡がつかない。綾瀬川に送られたあとの足取りがさっぱりわからないだけに、なにかあったのかもしれないな)
次の日、職場に出勤後、松尾と仲のいい斎藤に事情を説明すると、スマホを取り出し、松尾にLINEをしてくれた。
「まっつーだったら、朝ならすぐ既読がつくのに、無反応なのはやっぱり変。しかもこの時間には、いつも出勤してるのに……」
困惑の表情を露にした斎藤は、松尾のデスクに視線を飛ばす。
「正直なところ、嫌な予感しかしなくてさ。綾瀬川に拉致されて、連絡手段を絶たれてるとか」
昨日からマイナス感情に支配されてるゆえに、松尾の無事な姿を思い描くことさえできなかった。
「ポンコツ先輩は嫌かもしれないけど、ここはあの人に聞くのが、一番手っ取り早いと思う」
斎藤は言うなり椅子から腰をあげて、颯爽と千田課長のデスクに向かう。出足の遅れた俺は、慌ててあとを追いかけた。
「千田課長、おはようございます!」
「おはよう、斎藤朝からどうした? というか、背後にいる佐々木の顔で、すべてわかってしまったがな」
俺と斎藤の顔を交互に見比べた千田課長は、あからさまに嫌そうな面持ちで俺たちを見つめる。
「松尾と昨日から連絡が取れません。ずっとLINEをしても既読がつかない上に、いまだに出勤していないし……」
斎藤が説明する前に、俺から報告してやった。
「ちょっと、これを見てくれ」
千田課長はノートパソコンの画面を指差し、俺たちがそれに目を向けたタイミングで、素早く文字を打ち込んだ。
『松尾の帰宅時にマンション前にて、元彼が凶器を持って現れた。傍にいた綾瀬川さんが応戦し、取り押さえることに成功。無事に警察に引き渡した。松尾に怪我はなかったが、精神的なショックで数日間休む』
「まっつーは今、どこにいるんですか?」
「病院から、綾瀬川さんの家で世話になっているそうだ」
「松尾は無事なんですね?」
俺としてはいろんな意味を含めて訊ねたが、千田課長は「さぁね」と気のない返事をする。その瞬間、斎藤が目を丸くして怒りの色を示した。
「まっつーと連絡が取れない時点で、おかしいとは思わないんですかっ!」
千田課長に噛みつくセリフで、フロアの視線を集めてしまったが、俺としては嬉しかった。千田課長の前ではいつも無気力を保つために、いろんな感情を封印している。ぶつけられないそれを、斎藤が代わりにしてくれたように思えたから。
「斎藤やめろ。千田課長に噛みついても無駄だ。このことに関与していないから、この人は平然としていられる。怒るだけ無駄なんだって」
「でも!」
「千田課長、ありがとうございました。情報提供助かります」
きっちり一礼をして、なにか言いたげな斎藤の手首を掴み、引きずるようにフロアから出る。
「佐々木先輩このままじゃ、まっつーがヤバいでしょ。それこそ元カノと同じ目に――」
「斎藤、落ち着け。千田課長はさぁねと言ったが、探すなとは言ってない」
俺の低い声が、静まり返った廊下に妙に響き渡る。
「ほんとだ。いつもなら……」
斎藤はハッとした顔で俺を見上げながら、言葉を飲み込む。
「ああ。邪魔をするな、首を突っ込むなと、こちら側の行動を制限することしか言わない千田課長が、あえてなにも言わなかった。だから俺は大手を振って、綾瀬川の家を探すことにする」
「私もお手伝いしたいけど、実は仕事がたてこんでいるんですよ」
「それは俺も同じだ。今日中に仕上げなければならない案件を抱えてる。それを見越して、千田課長はなにも言わなかったということさ。調べたくてもできないだろうって」
「キーッ! なんて性格の悪いヤツ! 上司じゃなかったら、思いっきりぶん殴ってる」
両手に拳を作り、オーバーなリアクションで怒りを表した斎藤を宥めるべく、肩を叩いてやった。
「とにかく、なる早で仕事を片付けるのが先だ。昼休みを使ってでも、頑張ってやってやるさ」
「私、佐々木先輩のお昼ご飯買ってきます。遠慮なくリクエストしてください」
こうして松尾を探すために、斎藤とタッグを組むことになった。松尾の無事を祈りながら、ふたりで仕事に勤しむ。