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「オーバーな動きは、隙を作ることに繋がるんですよ」
綾瀬川は鼻で笑いながら、見知らぬ男が振り下ろしたナイフを片腕で易々と受け止め、背後で倒れた彼女に視線を向けた。
「笑美さん、気を失っちゃったのか。僕の勇姿を見せられなくて、すごぉく残念だなぁ」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ!」
彼女に気を取られて、腕の力が抜けたのを感じた見知らぬ男は、空いた手が綾瀬川のボディを殴りつける。それなりの力を拳に込めたハズなのに、砂を殴ったような手応えを見知らぬ男は感じ、まったく効いていないことを身をもって知った。
「笑美さんになら、喜んで痛めつけられてもいいんですけど、君のようなろくでなしでは、僕の相手にもなりません」
綾瀬川が見知らぬ男を掴んだ腕をぱっと放したら、その反動でナイフを持つ手の動きが不安定になり、綾瀬川の頬を傷つけた。
「ありがとう。名誉のキズをつけてくれて」
「な、なんで礼なんか言うんだ?」
見知らぬ男は両手でナイフを持ち直し、綾瀬川から地面に横たわっている彼女に狙いをつけた。注がれる視線でそのことを悟った綾瀬川は、さりげなく彼女の前に立ちつくす。
「弱いものいじめしかできない君に、笑美さんを傷つけることなんてさせません。僕の最愛の人に手を出すな!」
見知らぬ男が動く前に綾瀬川が反撃し、腕を負傷しながらも取り押さえることに成功した。
「放しやがれ!」
「君がこの場で、笑美さんを殺しちゃったりしたら、僕を罵る貴重な人間がいなくなるでしょう。それはとても困るんです」
楽しげに言い放ちつつ、柔道の絞め技で見知らぬ男を失神させる。その後みずから警察を呼び、彼女と一緒に病院に運ばれたのだった。