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次の日の朝も前日と同じく、澄司さんの車がマンション前に横付けされていた。
「笑美さん、おはようございます」
(昨日あれだけハッキリ断ったのに、送り迎えは続くんだ……)
「おはようございます。朝早くからすみません」
「いえいえ。笑美さんと過ごせる貴重な時間ですから、どんなに朝早くても平気です」
満面の笑みで助手席のドアを開けて、私に乗るように促した。体に触れて強引に乗せられるよりはマシだったので、「失礼します」とひとこと添えてみずから乗り込む。
助手席の扉を閉めた後、運転席に腰を下ろした澄司さんは、エンジンをかけながら「昨日と同じ駅前までお送りしますね」と言った刹那、前方に視線を縫い付けたまま動きを止める。
「澄司さん、どうしました?」
「嫌な視線を……なんていうか、誰かに盗み見られているような」
そう言ってシートベルトを外し、一旦外に出て車の周囲を見渡す。私も助手席から前後左右を確認してみたけど、見慣れた景色が目に映るだけで、人影を見つけることができなかった。
(どこかの女のコがイケメンの澄司さんを、遠くからじっと見ていただけじゃないのかな)
「笑美さんお待たせしました。気のせいだったみたいですね、すみません」
「大丈夫です」
待たせたことを気にしたのか、澄司さんは昨日よりもキビキビした運転で、駅まで送ってくれた。助手席から降りてドアを閉め、車を見送ろうとしたそのとき。
「松尾!」
ちょうど車が走り出したタイミングで、背後から声をかけられた。振り返ると小走りでこちらにやって来る、佐々木先輩の姿があった。
「松尾おはよ。この時間帯なら逢えるんだな」
「おはようございます。佐々木先輩の住んでいるご自宅とは駅の方向が逆なのに、わざわざ来てくれたんですか?」
佐々木先輩と朝から逢えるとは思わなかったので、かなり嬉しかった。
「だって社外じゃないと、こうして喋ることもできないだろ。LINEばかりして盛り上がっていても、なんていうか味気ないし」
昨夜は澄司さんのせいでバタンキューしていたけれど、佐々木先輩が自宅に帰宅してから、寝る間際までずっとLINEのやり取りをしてしまった。実はそのお蔭で、彼の住んでいるところが知れたし、少しだけ寝不足だったりする。
「アイツ、今朝も普通に松尾を迎えに来たんだな」
佐々木先輩が澄司さんの車がいなくなった車道に視線を移しながら、ゆっくり歩き出したので、いそいそ隣に並ぶ。こうして佐々木先輩の横にいられることの幸せを、ひっそりと噛みしめた。
「昨日ハッキリ言って告白を断ったのに、なにもなかったような感じで挨拶されちゃいました」
昨夜のLINEのやり取りで、澄司さんにされたことを佐々木先輩にきちんと報告した。
『俺が先に松尾に花束を渡すはずだったのに!』や『俺の松尾に抱きつくなんて百年早い!死刑だ死刑!』などなどバラエティーに飛んだジェラシーを感じさせる言葉の数々に、気落ちしていた心がすごく救われた。
「アイツ、自己中心的な性格だから、思いどおりにならなくて、ただ意固地になってるだけなのかもしれないが、車に乗ったら気をつけろよ」
「はい。私を好きになっても無駄なんだと思えるような態度で、なんとか頑張ります」
佐々木先輩から与えられたサプライズのおかげで、社内で別々に行動してもm不安をまったく感じることなく過ごすことができた。そのことを報告すべく、有休をとってお休みしている斎藤ちゃんにLINEする。
『佐々木先輩、社外で彼氏らしく接してくれたお蔭で、朝からハッピーです』
すぐに既読がつき、すかさず返信が返ってきた
『ベタなのろけ話ごちそうさま。朝っぱらから社外で励んだんでしょ! だってポンコツ先輩だもの。そうに違いない。あー、可愛いまっつーが汚されていく~』
この文章だけで、斎藤ちゃんが見悶えている姿が思い浮かんでしまい、お腹を抱えて笑ってしまった。大切な友人の気遣いで、気分爽快をキープできたので、午後からの仕事が異様に捗り、楽しく仕事に勤しむことができた。