目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
うまくいかない日々の果てに――6

***


 次の日、澄司さんが朝から自宅前で私を出待ちしていた。愛車の前に佇み、眩しさを感じさせる笑顔を頬に滲ませる。彼に好意を抱いている女のコなら、間違いなく心臓を撃ち抜かれる微笑みだろうな。


「おはようございます、笑美さん!」


「お、おはようございます……」


(――どうして私の出勤時間がわかるんだろ。怖い!)


「さ、どうぞ。会社までお送りします」


 シックなグレー色の車の助手席のドアを開けて、乗るように促されてしまった。


「わざわざすみません。早く会社につきすぎてもなんですから、電車で行きたいんですけど」


「じゃあ間をとって、降りる駅までお送りするのはどうですか?」


 澄司さんは私の肩に腕を回し、強引に助手席に座らせる。そして扉が閉まったと同時に車を回り込んで、運転席に腰かけた。有無を言わさないその行為が迷惑なことを示すべく、こっちを向いた彼を上目遣いで睨んでみせた。


「澄司さん……」


「かわいい顔で怒らないでください。それにご自宅前で30分ほど待った、僕の頑張りを無にしてほしくないです」


 狭い車内なのに至近距離で顔を寄せられると、どこにも逃げ場はない。身の危険をひしひしと感じたせいで、言いたくないセリフを口にしなければならなかった。


「……わかりました。それでよろしくお願いします」


 仕方なく澄司さんに了承したら、近づいていた真顔が満面の笑みになり、私の機嫌を取るように頬を人差し指で突っつく。


「ありがとうございます!」


 こうして朝からげんなりすることがあったせいで、職場に到着してもいつもどおりに過ごせず、気落ちしながら自分の席につく。目に飛び込んだのは、裏返しにされた見たことのあるメモ紙で、すぐさまそれに反応し、喜び勇んでひっくり返した。


 佐々木先輩が走り書きした内容は、午前中は不在ということと、人目のつく社内で接触しないように、千田課長に注意されたことが書いてあった。


 仕方なく仕事に集中しながら朝のイライラや、佐々木先輩がいない寂しさを消化したのだった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?