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唐突にはじまったお付き合い!5

***


(佐々木先輩にお礼を言えないまま、この日が来てしまった……)


 前日同様にいろいろやらかしてしまったせいで、どうにも恥ずかしくて、佐々木先輩と一緒にいられないと思った私は、午後からの仕事を終えるなり、逃げるようにフロアの扉に向かった。


 ちらりと振り返ると、佐々木先輩は千田課長となにやら話し込んでいる最中で、私のことを追いかけるなんていう余裕はなさそうだった。


 そして四菱商事の専務と息子さんがお見えになる、運命の日。私はいつもどおり人数分のお茶と専務専用の濃いお茶を淹れて、会議室に顔を出した。


「失礼いたします」


「あっ、はじめまして。こんにちは!」


 一礼して入室すると、爽やかさを感じさせる、聞いたことのない男性の声がした。その声に引き寄せられるように頭をあげて、その人を見た瞬間、空気中にはないはずのキラキラしたものが飛んでいて、目に眩しく映った。


(見慣れた会議室なのに、この人がいるだけで別世界になっているのは、どうしてなんだろう?)


 お茶を配膳するのを忘れて、口を開けっぱなしのまま、そこのいる彼に目を奪われてしまう。なんていうか、芸能人に突然遭遇したような気分だった。


 金髪に近い茶髪が窓から差し込む陽の光を受けて、眩しいくらいに輝いているのに、それに負けないのがエメラルドグリーンの瞳だった。堀の深い顔立ちや透明感のある緑色の瞳、色白の肌や高身長などなど、目の前にいる日本人の専務の血を受け継いでいるとは、どうしても思えない。


「おーい松尾さん、彼がすごいイケメンなのは見てのとおりだから、いつまでも固まっていないで、お茶をお配りして」


 恥ずかしながら千田課長に促されるまで、魂がどこかに抜けている状態でいた。


「すっ、すみません! ただいまご用意いたします」


 頬の熱を感じつつ、慌てふためきながらお茶を配ったところで、この場に佐々木先輩がいないことに、はじめて気がついた。


「松尾、紹介する。専務の息子さんの綾瀬川澄司じょうじくんだ」


 千田課長が彼の隣に並んで、にこやかに紹介してくれた。千田課長自身の身長は、佐々木先輩よりも少しだけ低いと記憶していたのだけれど、綾瀬川さんの目線の位置に、千田課長の頭があった。


「綾瀬川さん、はじめまして。松尾笑美と申します!」


 目を見張るイケメン具合に緊張してしまい、お盆を胸に抱きしめながら、ぺこぺこ頭をさげまくる。すると目の前に歩み出た綾瀬川さんが、スマートに右手を差し出した。


「エミさんって、どんな漢字を書くんですか?」


 おそる恐る握手をしたら、手を握りしめたまま訊ねられた。


「笑顔の笑に美しいです……」


 漢字を聞かれると困惑して、いつもぎこちなく笑っていた。名が体を表していないので、申し訳なさを痛感してしまう。


「いいお名前ですね。笑顔がとてもチャーミングです」


「あ、ありがとうございます……」


 握手から解放されずに、ぎゅっと右手を握りしめたままの状態は、非常につらかった。しかも迫力満点のイケメンに、まじまじと見つめられる覚えもない。


 対応に困る私を目の当たりにして、千田課長はソファを指し示した。


「綾瀬川さん、専務の隣にどうぞ。松尾は向かい側に座って」


(挨拶も終わったし、もう早くここから出たい! できることなら、家に帰りたいくらいだよ……)


 千田課長に促されてお互い着席したタイミングで、専務が美味しそうにお茶を口にする。


「松尾さん、今日のお茶も実に美味しい。いつもより美味しく感じるのは、もしかして気合いを入れたからかな?」


「気合い……なんて入れてません。いつもどおりお出ししたまでです」


 キラキラ眩しい綾瀬川さんを見ないように、専務の脂ぎった顔を見つめることに集中した。普段見慣れている分だけ、落ち着きを取り戻すことができそうだった。


「ホントだ、すごく美味しい!」


 感嘆の声をあげた綾瀬川さんに、専務が「そうだろう、おまえにもわかるか」なんて、親子らしい会話を展開していく。そんな微笑ましい様子を千田課長はニコニコしながら眺め、私は恐縮しながらお礼を告げた。


「笑美さんよろしければ、お茶の淹れ方を教えていただけませんか?」


「ええっ! 普通に淹れてるだけですけど……」


「松尾、教えてさしあげなさい」


 有無を言わさず千田課長に命令されたので、仕方なく腰をあげる。廊下に出る扉を開ける私とは対象的に、千田課長はフロアに続く扉を開けて、加藤先輩を呼び寄せた。


(いつもなら一緒に、佐々木先輩も呼ぶのに……)

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