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お昼休み開始1分前に、いきなり左腕を掴まれた。振り返るとそこにはメガネのフレームを照明で光らせた、自然と目を奪われてしまうイケメンの佐々木先輩が佇んでいて、どうにも驚きを隠せない。
「ひっ!」
自分を見下ろす整いすぎた顔。そして穴があきそうな勢いで見つめられるほど、心臓に悪いものはない。驚いた言葉とは裏腹に、頬がぶわっと赤くなった。
「松尾に昨日は逃げられたからな。確保したまでだ」
「すみません。私とある人に、お昼休みに呼び出されているんですが……」
「俺も同席する」
抑揚のない乾いた声で告げられたセリフに、ビビりながら口を開く。
「いえいえ、佐々木先輩にはご遠慮願います」
お局グループに、なにを言われるかわかったもんじゃないので、お辞儀つきで丁重にお断りした。それなのに佐々木先輩は目力を強めて、私を凝視する。このままだと本当に、私の体のどこかに穴があくかもしれない。
「松尾は耳に、穴があいてないのか」
眉間に深いシワを寄せながら、苛立ったように告げられた佐々木先輩のセリフで、思わず背筋を正してしまった。しかも掴まれた左腕はそのままである。振りほどこうと思えばできる握力で握られているけれど、なぜだかそれをするのが憚れた。
「私の耳には、しっかり穴はあいてますが……」
「俺は同席すると言ったろう。返事は『嬉しいです』や『社食はなにを奢ってもらおう』なんてセリフだったら、彼氏としてご機嫌でいられたのに。断るなんてありえない」
「でも――」
「こうなったのは、俺の責任なんだ」
佐々木先輩に掴まれた腕の力が強まったと同時に、椅子から無理やり立ち上がらせると、足の重い私を引きずってフロアを脱出する。
他の従業員から突き刺さる視線が、私たちに集中しているのをひしひしと感じてしまったため、足元を見つめながら囚人になった気持ちで歩いたのだった。