居酒屋でなされた佐々木先輩の口撃で、散々な目に遭った次の日。いつもより気落ちした思考のまま、重い体を引きずりながら職場へ出勤した。
フロアに顔を出したら、佐々木先輩は既に出勤済みで、自分のデスクにてパソコンを立ち上げ、難しい顔でモニターとにらめっこ中。私とは違い、それはいつも通りの姿だった。
ちょうどお茶当番の持ち回り日だったので、給湯室にて人数分のコーヒーを落とし、マグカップに注いでいく。
(佐々木先輩はいつも通りなんだから、私も同じようにしなきゃ。というか付き合ってるんじゃないんだし、変に意識しちゃうのもおかしいよね)
頬を軽く叩いて引き締めたのちに、人数分のマグカップをお盆の上に載せて、颯爽とフロアに足を踏み出した。自分の急ぎの仕事をこなさなければならないため、さっさと配り終えるべく、何食わぬ顔で同僚のデスクにマグカップを置いていく。
「おはようございます。どうぞ~」
平等に声をかけつつ、手際よくやっているうちに、次は佐々木先輩のデスクにマグカップを置く番になった。
品の良さそうなブランド物の真っ白なマグカップのコーヒーに映る私の顔が、一瞬だけ引きつったので、慌てて笑顔を作り込む。
「佐々木先輩おはようございます。コーヒーです……」
仕事の邪魔にならない場所に静かに置いて、隣のデスクの人のマグカップを手に取ろうとしたときだった。着ている制服のベストの裾が、くいっと引っ張られる。その軽い衝撃に足をとめたら、佐々木先輩が私を見上げていた。
「松尾、おはよ」
タイトにまとめられた髪のおかげで、シャープな顔立ちがあらわになっていて、メガネの奥の優しげなまなざしが、私の顔をじっと見つめる。
「ぉおっ、おはよ、ござぃま、すぅ……」
たかが挨拶、されど挨拶なんだけど、いつもなされる挨拶は『おはよう』だけだった。わざわざ私を呼び止めて挨拶するという、普段されないことを佐々木先輩が繰り出したので、衝撃がハンパないなんてもんじゃない!
「今日は当番だったんだな。早く終わらせて、自分の仕事をやっつけろよ」
早口で言うなり、ふたたびパソコンに向き合う佐々木先輩に「はぃ、ありがとうございます」と返事をするのがやっとだった。
それまでスムーズにコーヒーを配っていたのに、佐々木先輩からの挨拶のせいでぎこちない動きになった私。いつもより時間がかかってしまったのは、言うまでもない。