テオとフランクは隣国へ旅立った。
「はぁ……」
「三回目ですよ」
「へ?何が?」
「ため息です」
アーロンがクスクス笑いながら、私にそう言った。
「そうだった?気づかなかったわ」
無意識に私はため息をついていたらしい。
たった半年しか一緒に居なかったというのに……もう寂しいなんて。自分でもびっくりだ。
アーロンの指摘に私は、
「慣れなきゃね」
と呟いて、今、自分がするべき仕事に手を付けた。
それから約半年が経った。
「奥様、お手紙です」
と私に差し出したのは、アーロンの補佐であるリューンだ。
陛下から紹介されただけあって、とても勤勉で真面目な青年だ。アーロンより二つ歳下らしいが、アーロンとは何かと気が合う様で上手くやっていた。
私はその手紙を受け取ると、宛名を確認する。
「まぁ、テオからだわ!」
と私が微笑むと、リューンは、
「嬉しそうですね」
と同じ様に微笑んだ。
「そろそろ帰ってくる頃だから、その日程が決まったのかも」
と私は手紙を確認する。
短い言葉で綴られた文字に目を走らせた。
「……もう少し留学を延長したいらしいわ」
と言う私の声には少しだけ哀しさが滲む。
書類から顔を上げたアーロンが、
「少し前のフランクからの報告にも、そんな雰囲気の事が書かれていましたが、テオドール様はまだまだ勉強したいのでしょうね」
と言う。
そう、フランクからは定期的に報告が届いており、そんな風な事は書いてあったが、テオから直接言われていなかったので、何となく期待していた自分が居た。
「なら……十八の誕生日はあっちで迎えるのね」
と言った私は机の上に置いていた贈り物の包みを眺めた。
当初は誕生日の前日までに、こちらに帰ってくる予定だった。張り切って贈り物を選んだのだが……。
「仕方ないわ。贈り物と手紙を送る準備をしてくれる?」
とリューンに言えば、
「畏まりました」
と頭を下げてリューンは執務室を出て行った。
私は急いで便箋を取り出し、テオへの手紙をしたためる。お誕生日を一緒に祝えなかった事が少し残念だと書いても悪くないわよね。未練がましい?
テオからの手紙は日に日に少なくなっていて、私は子離れ出来ていない親の様な気分を味わっていた。
それからまた半年が過ぎた。
そう……テオがこの屋敷を出て、一年が経ったという事だ。
「父が家に帰って、母が迷惑しています」
アーロンが眉間に皺を寄せながらそう言った。
ギルバートの後継はハリスンという男だ。彼はギルバートに代わり、今は領地で領主代行として働いている。かなりの切れ物だが、その反面人懐っこく、領地の民にも好かれている。
ギルバートは約半月前に引退し、奥様の居るご自宅へと戻ったのだった。
私もあれからは、何度も領地へ赴く様になった。
鉱山までの道は綺麗に舗装され、火事で焼け落ちた家の跡地には小さな商店を作った。
お陰で、夫婦で住む鉱夫の奥様方にとても感謝された。あ、メグにも。
店が出来ればそこを切り盛りする者、そしてそこへ商品を卸す者が必要だ。少しずつ人が増えていく。職を求める者がオーネット公爵領へと来る様になった。
段々と私も維持だけではなく、オーネット公爵家に貢献出来る様になったと感じられて嬉しい。
「ギルバートはずっと奥様と離れて暮らしていたんですもの。夫婦とはいえ、他人とほぼ変わらないのかもしれないわね」
「我が家では父親は居ないものとして扱われておりましたから。視線の先に入るのも……目障りだ、と」
ギルバートの奥方もなかなか辛辣だ。
そんな話をしていると、ムスカがやや焦った様子で執務室へとやって来た。珍しい。
「奥様」
「あらムスカ?何だか少し焦ってない?珍しいじゃない」
と私が言うと、開いた扉、ムスカの大きな体の後ろから、
「ステラ様、ただいま戻りました」
とテオが顔を覗かせた。
「テオ!!」
私は直ぐ様立ち上がり、テオの元へと走り寄る。
そして、
「どうして帰って来るって教えてくれなかったの?」
とテオの両腕を握ってそう言った。
「驚かせたくて」
「十分驚いたわ。長旅で疲れたでしょう?さぁ、座って。直ぐにお茶を用意するわ」
「ステラ様の淹れたお茶が飲みたかったです。嬉しいな」
と顔をほころばせるテオに私も笑顔になった。