「それとね、あと一つ陛下にお願いした事があるの」
「お願いですか?」
とアーロンが私に尋ねる。
「ええ。実は領地でね、テオの眼鏡が壊れてしまって」
と言う私の言葉にテオが反応する。
「あの時は必死で。眼鏡が壊れた事にも最初は気づいていなかったので」
「お陰で助かったわ。でも、護衛達がね、テオを見てびっくりしていたのよ。口には出さなかったけど……疑っているんじゃないかしら?」
『ひょっとして公爵様の隠し子?』と思ったとしても、私に尋ねる勇気はないだろうし。
「あと半年もないぐらいですが……もう使用人には言ってしまいますか?本当の事を」
とのアーロンの言葉に、私は
「それも考えたんだけどね。一番の問題はあの遺言書よね。テオが十八にならなきゃ効力を発揮しない。今、テオは平民でしょう?それが不味いって事よね?もしテオの命を狙う者が現れて、万が一の事が起こった場合、テオが平民だと厳罰にならない可能性がある」
私が顎に手を当てながら話すと、アーロンは同意を表すように頷いた。
「そこでね。テオを私の養子にしようと思うの」
と言う私の言葉に即座に反応したのはテオだった。
「嫌です!」
「え?何で?私の養子になれば、貴族になれるわ。いざという時の為に保険をかけておくのよ」
「それても嫌です!」
何でそこまでテオが拒絶するのか解らず、私はちょっぴり悲しくなった。私と家族になるのは……嫌なのかしら?
「テオ……。あ!もしかして……テオが公爵を継いだ後の事を心配してる?私が……図々しくここに残ろうとしているとか、そんな事を心配してるの?
大丈夫よ。テオが十八になって、公爵を継いだ暁には、直ぐに養子縁組は解消したって構わないわ。テオが望む様にして良いの。私はここの財産を狙ってる訳ではないのよ?」
流石に『家族になりたくないの?』と口に出して尋ねる事は出来なかった。前に……家族になろうって約束したのにな……。
すると
「そんな事を心配してるわけじゃないけど……でも、ダメなんです」
とテオは困った様にそう言った。
「テオドール様はそんな事を言っているのではなく……ゴニョゴニョ……」
「アーロン何か言った?」
アーロンが何か小さな声で言っているが、聞こえない。意見があるなら、ちゃんと言ってよ!
「ダメなものはダメなんです!」
と言うとテオは立ち上がり、部屋を出て行った。
私は
「テオ!!」
と呼び止めるも、テオは振り返る事もなかった。
「どうしちゃったのかしら?」
と肩を落として呟く私に、
「えっと……テオドール様にはテオドール様のお考えが……」
とアーロンが声を掛けた。
「テオの考え……ね。そうか……。でも、テオの存在を隠し通すのは難しい気がするのよね。一旦私の養子にするのって良い案だと思ったんだけど。陛下も賛成して下さったし」
「陛下にもう一つお願いした事とは、それでしたか」
「ええ」
少し落ち込む私を
「奥様。テオドール様の事を考えた末の提案である事は、彼自身も理解してくれていますよ。ただ……無理強いは出来ませんがね」
とアーロンは慰めてくれた。
私は
「そうね!テオにも気持ちの準備があるものね。じゃあ、とりあえずこの家の警備は厳重にしておきましょう。やる事はこれからもたくさんあるもの」
と明るく言うと、
「そうですよ。それよりも今は先程言った『やるべき事』から片付けていきましょう」
とアーロンもにっこり笑ってくれた。
「あ、そうだ!!テオのお嫁さん候補も絞らなきゃ!何だかんだで後回しにしちゃってたわ。折角アーロンが纏めてくれたのにね。
テオもちゃんと見てくれたかしら?私も喪中じゃなきゃお茶会でも開いて、為人を見極めたいぐらいだけど、残念だわ」
と私が言えば、
「それは、また今度にしましょう。………ほんとにこの人、想像もしてないんだろうな……」
と呟いていたが、私には意味が分からなかった。
それから三日。テオは私と目を合わせてくれない。
仕事の話はちゃんとする。鉱山への道の整備なんて、ほとんどテオが仕切ってくれた。でも目を合わせてくれない。
しかも、アーロンと何やらコソコソしている。私が部屋に入ると二人で話していたのを急に止めてそそくさと自分達の席に戻るのだ。
と、いう事は私には秘密にしたい何かがあるって事だ。
私としては面白くない。
するとその次の晩、テオから
「ステラ様、少しお話があるのですが……」
と仕事終わりに声を掛けられた。
仕事の話以外は久しぶりで少し嬉しい。
「何?どうかしたの?」
私は喜んでいる事を悟られないように努めて冷静に尋ね返した。すると、テオは
「隣国へ留学したいと思います」
と一言告げたのだった。