「コビーさんが帰って、アーロンさんがふと思い出したんです……ビルさんの奥さんがヴァローネ伯爵領の出身だった事を」
私はすっかりテリーを疑っていたので、ビルの名前が出て少し驚いてしまった。
「……確かに。昨晩もその話をビルとした所です」
とギルバートは顎を擦った。
「それで……本当はビルさんが横領の黒幕なのでは?とアーロンさんが言い始めて、居ても立っても居られなくなってしまったんです。もしステラ様が鉱山へ視察に行った事で、ビルさんが自棄になったりしたら……ステラ様に何か危害を加える様な真似をしたら……と。アーロンさんは王都の屋敷を留守にする訳にはいかないし……私しか動ける者は居ませんでした。そしたら……悪い予感が当たって……」
「だから、ギルバートにビルの事を聞いたのね。あの火事の時、ビルがどういう行動を取っていたか」
と私が言えば、テオは頷いた。ギルバートは、
「ビルの奥方は今、娘の出産の手伝いにヴァローネ伯爵領へ戻っているんです。娘が嫁いだ相手も農作物の不作で暮らしは厳しいと。でも、ビルはヴァローネ伯爵を責めていましたよ。領主としての務めを果たしていないとね。泊めて貰ったからとか、付き合いが長いからと庇っている訳ではありません」
と私に言った。
「では……やはりテリーが?」
と言う私に、
「実は火傷を負った護衛をあそこに残して来たのはわざとです。火傷はかなり軽いものなんですが、ちょっとだけ大袈裟に包帯を巻いて。テリーを見張らせています」
とテオは言った。
「でも……うちの護衛が寮に残っているのに、テリーは動くかしら?」
と言う私に、
「それはわかりません。出来れば尻尾を掴みたいんですけどね」
とテオは口を結んだ。
私達はこの宿屋に一泊する事にした。
テリーの動きが気になる私がそう提案すると『危なくないですか?』とテオはとてつもなく嫌そうな顔をした。
その夜………
「テオ、貴方寝ないで見張るつもり?」
と、私の部屋の扉を守る様に廊下で仁王立ちしているテオへ顔を出して声を掛けた。
「宿屋の玄関と勝手口には護衛を置きましたが、部屋に配置出来る者がおりませんので、私が」
「こんな時にムスカが居ないのって不便ね」
と私が言うと、
「私じゃ頼りにならないって事ですか?」
とテオが口を尖らせた。その顔が可愛らしくて、つい私は吹き出してしまう。するとテオは、
「……私は面白くないですけど?」
とますます不貞腐れたのだった。
昨晩は殆ど眠れなかったので、流石の私も少し眠くなってきた。
テオも昨日は寝ていない筈なのに、この部屋を見張ると言って譲らない。私は仕方なくテオの気持ちを優先させて、寝台へと向かう。
夜も更けて私が寝台で微睡んでいると、俄に部屋の外が騒がしくなって来た。
テオから、くれぐれも『自分が開けるまで部屋を出るな』と言われているので、極力音を立てぬ様に、そっと寝台から降りてガウンを羽織った。
包帯を巻いた足が少し痛むが、もし敵が襲って来たのなら、寝台に居ては危ない。
私は扉から死角になる場所を探して移動する。
宿屋の出入口にも護衛を配置していたが、正直テオが心配だ。私が息を潜めてドキドキしていると、
あら?この声は………
私は聞き覚えのある声と、耳障りの悪いダミ声にピンときて、入口の鍵を外すとその扉を思いっ切り開いた。
「ムスカ、おかえりなさい。予定より随分早くないかしら?」
と見覚えのある無表情の大きな男を見上げた。
そして、ムスカが襟ぐりをガッチリと掴んでいるせいで逃げる事が出来なくなった男に視線を移す。
ダミ声の主であるその男は、私をキッと睨んでいるが、ちっとも怖くない。私はその男に、
「ヴァローネ伯爵。女性の部屋を訪れるには、随分と非常識なお時間じゃございませんか?」
と笑顔で声を掛ける。
その男は低い声で唸るが、ムスカにグイっと襟首を引かれて苦しそうに咳き込んだ。
テオはムスカの隣に立っていたが、私を見ると
「さて、この男から話を聞く前に……ステラ様お着替えを。その格好は些か……」
と頬を染めた。
確かに薄手の夜着とガウンだけではみっともない。
ムスカの後ろには宿屋の出入口を見張っていた護衛も付いて上がって来ていた。私の部屋の前の余り広くない廊下はごった返している。
その騒ぎに、ソニアとギルバートも血相を変えて駆けつけた。
ギルバートはムスカに捕まったヴァローネ伯爵の顔を驚いた様に眺めている。
夜中に騒ぐのは他に宿泊客が居ないとはいえ、宿屋にも申し訳ない。
私は、
「ギルバート、貴方の部屋を使いましょう。着替えて行くから皆は待機していて」
と声を掛ける。
「かしこまりました」
とギルバートが私に答えると、
「離せ!!」
とまた、ヴァローネ伯爵が騒ぎ始めた。
私はその耳障りな声に思わず眉間に皺が寄ってしまう。
「黙れ。殺すぞ」
と静かに言うムスカに、
「ムスカ、殺すのはもう少し待ってね。話を聞きたいから」
と私が言うと、ヴァローネ伯爵はギョッとした様に私を見た後、諦めた様に頭を垂れた。
ギルバートを先頭に、ゾロゾロと皆が移動し始める。ヴァローネ伯爵はムスカに引きづられる様にして連れて行かれた。
ソニアは、
「奥様、お着替えを」
と部屋へ入って来る。私はその声に、
「連日寝不足だと、流石に美容に悪いかしら?」
とため息をついた。