「だって!私はただの伯爵令嬢だったんてすよ?!しかもかなり平凡な。 たまたま見たものを忘れないと言う特技があっただけです。 それなのにオーネット公爵家なんて大き過ぎる名前を任されて。 今まで何度心が折れそうになった事か!その上今回は命まで狙われましたよ?」 「それは私のせいではないが……無事で良かったな。しかしな、君は自分の価値を分かっていない。君の特技はそれだけじゃないぞ?」 「他に何があるって言うんです?」 「それだけでは、君の周りに人は集まらない。私には絶対に出来ない事だ」 「そりゃあ……公爵様はとても偏屈なので」 「フッ。その通りだ。………私は思うんだ。オーネット公爵家は変化するべきだ、と」 「変化?」 「そうだ。時代は変わっていく。これからは色々な事を柔軟に受け入れていくべきだ。今がその時なのだろう。君とテオドールを見ていると、そう思える」 「……見て下さっていたのですか?」 「もちろんだ。最初はヒヤヒヤしていたが……今はもう安心した。任せて良かったと思ってる」 「……これからも見守っていて下さいますか?」 私はつい公爵様に少し縋る様にそう尋ねていた。しかし公爵様は答えぬまま、段々とその姿が薄くなっていく。 公爵様は私の問いに少しだけ微笑んで、その姿は風に散った花びらと共に私の前から音もなく消えていった。 そしてまた私は草原に一人取り残された。 瞼の裏がとても明るい。……朝か。 私が伸びをして寝台から足を下ろしたタイミングでノックの音がした。 ソニアだろう。ソニアは何故かいつも私が起きたとほぼ同時に部屋へと訪れる。何処かから見られているのでは?と思った事も一度や二度ではない。 「どうぞ」 私はガウンを羽織りながら答えた。 「おはようございます。今日は随分とゆっくりなお目覚めでしたね。かなりお疲れだったのでしょう。少しは疲れが取れましたか?」 とカーテンを開けながら尋ねるソニアに、 「あら、私、今日は朝寝坊だったのね。どうりで日が高い筈だわ。ありがとう。お陰でゆっくり休めたわ」 と言いながら私は夢の事を思い出した。 ……体はゆっくり休めたけど、公爵様が夢に出てきたお陰で……ちょっとだけ疲れたわ。ちょっとだけね。 「ヴァローネ伯爵領を……ですか」 と言ったっきりアーロンは黙り込んでしまった。 昨日は誰にも何も話す事なく、私は何よりも睡眠を優先させた。アーロンもテオもやきもきした事だろう。 「そうなの。……皆私を買い被り過ぎじゃないかしら?」 昨日の夢の中の公爵様を含め、全員私に期待し過ぎだ。 「でも、ヴァローネ伯爵にだけ処分を下すというのは、やはり陛下もお優しいですね」 とテオが納得した様に頷いた。 「そうね。でも男爵位に格下げよ。ご夫人は妹君に顔向け出来ないと泣いていらっしゃったらしいわ」 ヴァローネ伯爵家も中々の名家だったのに……馬鹿な男一人の為に、その歴史に泥を塗る形となってしまった。ご夫人も御子息もヴァローネ伯爵に逆らえず止められなかった事をとても悔いていたと聞く。ご令嬢はまだ独身だったかと思うが、これではますます縁遠くなってしまうだろう。 「ヴァローネ伯爵領は今は荒廃していますがその領地は広い。そこを三分の二ですか……。これは骨が折れますね」 アーロンは難しい顔で腕を組んだ。 「実は、これを機にアーロンに補佐を付けようと思うの」 と言う私の言葉にアーロンは目を輝かせた。 「本当ですか?!いや~ありがたい!!オーネット公爵家はその大きさに似つかわしくなく、使用人が少な過ぎると思っていたんですよ」 と言うアーロンに私は心の中で(ケチだからよ) と付け加えた。 「しかも陛下が紹介してくれるらしいわ。と、同時にギルバートにも補佐を。補佐というより……」 と言う私の言葉を継ぐように、 「父は今回の一件で随分とやらかしましたからね。……父に代わる者を育てるのですね?」 とアーロンは私に尋ねた。 「ええ。その通りよ。後にはアーロンの右腕になって貰えるように」 「私には補佐が二名って事ですか!少しは楽になりますかね」 と笑顔のアーロンに、 「私がまだまだですからね。アーロンさんには苦労かけると思いますが、よろしくお願いします」 とテオは小さく頭を下げた。 「さて、その補佐がいつから来るかはわからないけど、とりあえずやるべき事は山のようにあるわ。まずは、鉱山までの道のりの整備。それと、ヴァローネ伯爵領の再建よ!」 と私が元気にそう言うと、 「うちが管理する領地の名は?」 とアーロンが尋ねる。 「一応、タイラー伯爵領となるわ。いずれテオの子どもや子孫に残してあげる事が出来るでしょう?」 と私が口にすると、テオは少しだけ複雑そうな顔をした。