「あそこには御子息がいらっしゃった筈ですが」
「そうなんだ。なのでヴァローネ伯爵は男爵に格下げしたのち、その息子に譲位させる予定なのだ。だがそのままヴァローネ領を任せる事は出来ん。可能なのは……約半分……いや三分の一程。で、残りなんだがな」
「王家の土地になるのでは?」
「そこで……だ。オーネット公爵家に任せたい」
あの土地を?厳しくない?私が返事を躊躇っていると、
「領民の事を考えるとなぁ。だが、今、王家の血筋の者であの土地を任せられる程の人物がおらん。かと言って領民にとっては生まれ故郷。出ていく者も居るだろうが、あの土地に拘る者もいる」
くそっ。私が困っている者を捨て置けない事を知っているくせに!
「あの領地を蘇らせるには、一年、二年では難しい様に思います。そうなると、私の一存で決める事は出来かねます」
暗に断っているつもりなのだけど、
「テオドールが継いだ後、夫人は何をする気だ?どうせ暇になるのだろう?どうだ?あの領地にテコ入れしてみないか?やり甲斐があるだろう?」
「陛下……私の事を買い被り過ぎですわ。私にそんな力はありません。オーネット公爵領もギルバートに任せきりで、後悔している所です」
「どうせ夫人の事だ。ギルバートの代わりを考えているのだろう?何ならぴったりの人物を紹介出来るが……どうする?」
人の足元を見るのが得意な陛下だこと。仕方ない……。
「アーロンの補佐も必要と考えていますので、二人紹介して貰えますか?」
「もちろんだ!優秀な者を紹介しよう」
「最初から優秀な者でなくても構いません。学ぶ志しの高い者をお願いいたします」
「ほう。なるほどな。ギルバートには実直な者を。アーロンには勤勉な者を紹介するとしよう」
……うちの執事事情まで良くご存知で。陛下とは少し前にゆっくりと話をしただけの間柄なのだが、何となく食えない男だと思う。公爵様が友人だと認めていなかった理由が何となく分かった気がした。
「一度持ち帰りその後でお返事を」
「もちろん、ゆっくりと考えて貰って構わない」
どうせ断らないと思っているくせに。……また、厄介事だ。なら、こちらの願いも聞いて貰わなくてはね。
「では、陛下にこちらからもお願いがございます」
「君と私との間柄だ、何でも言ってくれ」
この馴れ馴れしさも公爵様は苦手だったのではないだろうか。
「実は……テオドール様の養子の件で……」
私はあの火事の後から考えていた事を行動に移す事にした。
「もう!!疲れたわ!!」
「奥様、とにかく少し休みましょう。湯浴みの用意も出来てますし」
私はソニアの言葉に、
「まだ色々とやる事も考える事もたくさんあるのだけど、今日はもう湯浴みして寝る!もう何にも考えずに寝るわ!!」
私は夕食も食べず、湯浴みを済ませると直ぐに寝台へと向かう。
アーロンもテオも話を聞きたがったけど、私はもう今は誰とも話したくなかった。
湯浴みでの心地良い疲労も相まって、私は直ぐに瞼が重くなる。そして私は深い眠りについた。
広い草原に一人、私は裸足で立っていた。
ここは……故郷の丘の上だ。子どもの頃、よく花を摘みに来ていた事を思い出す。あの花は確か……そうレッドクローバーだ。
オーネット公爵家に嫁いでから、一度も実家には帰っていない。
夜会で兄を遠くに見つけた。姉とは何度か会話した。だがオーネット公爵夫人という名前が大き過ぎて、ゆっくりと会話をすることも、ままならなかった。
私は何がしたかったのかしら?
単なる行き遅れの伯爵令嬢がどうしてこんな事になったのかしら?
私の足元には見覚えのある、黒みがかったピンク色の花が咲いている。私は子どもの頃と同じ様にしゃがみ込むとその花を摘んだ。
素朴な花はまるで私の様だ。薔薇でも百合でもない。派手さはなくて観賞用にはなり得ない。
家畜の肥料や緩衝材には使われるのにね。役には立つのに……可哀想。やっぱり私みたい。
するとふと私の手元に影が落ちる。私が見上げるとそこには……
「公爵様?」
「久しぶりだな」
そこには亡くなった筈の、公爵様が立っていた。
あれ?これは夢?それとも天国?私死んじゃったのかしら?
公爵様も私と同じ様にしゃがみ込むと、私を真似て花を摘んだ。
「これは何という花だ?」
「……レッドクローバーです」
あぁ、これは夢だ。だって公爵様が私とこんな風に会話する事なんてなかったもの。
「地味な花だ」
「役には立ちます」
「そうか、君と同じだな」
自分で思う分には良いけど、他人に言われるとなんだかイラっとする。
「公爵様は、私に何をさせたかったのですか?」
私は花を摘みながら尋ねた。
夢なら何を訊いても良いだろう。こんなに私が疲れているのはこの目の前の男のせいだ。
「……一人にして悪かったな」
答えになっていない。だが、私はその言葉に一粒涙を溢してしまった。
「本当に悪いと思っていますか?」
「まぁな。君には重荷だったか?」
「当たり前じゃないですか!しかも隠し子まで」
私がふくれっ面をすると、公爵様は少し口角を上げた。……笑ってるのかしら?そう言えば……あの夜も少しだけ微笑んでいたわね。
「テオドールはどうだ?」
「良い子ですわ。……出来れば公爵様にテオを導いて欲しかったのですけど」
「いや……私より、君の方が適任だったと思っているよ。私では正しく導けなかっただろう」
「でも公爵様のお子様です。私はどう頑張っても母親にはなれません。所詮母親
「無理して母親になる必要はないだろう」
「……色々と無理してばかりです」
私は初めて弱音を吐いた。しかも絶対に言いたくなかった相手に。
これは夢だ。夢なら何を言っても許されるだろう。