「初めて奥様に会った時から、ずっと……気になっていて……」
ムスカはそう切り出した。
え?まさか?いやいやいや。ムスカが私を?
今までムスカから恋心のような好意など感じた事はなかったのだが……。
ムスカは再び私の方をチラリと見て、
「怒らないで下さいね」
と一言。そして続けて、
「その……理由なんですが……似てるんですよ。奥様が」
と言ってから次の言葉を躊躇うように少し黙った。
「似てるって……誰に?」
私は尋ねた。まさか……初恋の相手とか?
するとムスカは意を決した様に、
「子どもの頃飼っていた犬……にです」
と言った後、少しばつの悪そうな顔をした。
「「犬?」」
私とテオの声が思いがけず揃ってしまった。
「……はい。山で拾ってきた犬なんですが、何となく可愛げがない犬でした。
オドオドしていたかと思えば、急にふてぶてしくなって。
自分が納得しないと全く言う事も聞いてくれなかったんですよ。なかなか懐いてもくれませんでしたしね。
でも結局はとても賢い犬で、私は結構可愛がっていたんです。手がかかる程、可愛いって事ですかね。
私が十五歳になって騎士になる為王都へ出ている間に死んでしまって。その時には自分でも驚く程ショックを受けて……泣いてしまった程です」
「……で?その犬と私が似ている……と?」
うん、まだ怒っていないわよ?
「あ、別に顔が似てるとかじゃないですよ?雰囲気っていうんですかね?最初の印象はそうでした。奥様と一緒に居る内に、ますます似てるな……と」
犬と顔が似てるって言われた事は、生まれてこの方一度もない。だって人間だから。
「ん?じゃあどんな風に似てるのかしら?ムスカは私の事をふてぶてしくて、言う事をきかない女だと思ってるって事かしら?」
今、私のこめかみには青筋が走っているのではないかしら?怒ってる訳じゃないけどね!!
「だから、怒らないで下さいと言ったではないですか。なので奥様を放っておけなくて、ついつい過保護に。目を離すと危なっかしくて。でも本当に賢い犬でした」
と懐かしそうに言うムスカに私は、
「怒らないって……私は約束してないわよね?貴方が勝手に言っただけで、条件じゃなかったわよね?」
と微笑んだ。
『賢い』って二回言ったからって許さないんだから!!
「何か……すみません」
帰りの馬車の中でテオに謝られた。
「何故テオが謝るの?」
「私がムスカさんを問い詰めたばかりに……ステラ様が嫌な思いを……」
「フフフッ。私が飼い犬に似ていた話しね。あの時はちょーっとばがりムカついたけど、よくよく考えたら、犬って可愛いものね。大丈夫、もう気にしてないから」
「気にしてますね……」
「本当に気にしてないから安心して。ムスカも言っていたでしょう。犬に似ているかどうかは別としても、奥様を守る事が自分の使命だと。彼は仕事に忠実なだけよ」
「そこは……理解しました。余計な詮索をして申し訳ありません」
「ねぇ、テオ。もしかしてヤキモチ?」
「……そう……かもしれません」
と言うテオは照れた様に俯いた。
あらあらあら。母親を盗られるとでも思ったのかしら?それはそれで可愛いわね。
私はそんなテオに微笑みかけた。
やっと王都へ戻って来た。
さてと少し休むか……と思っていたら陛下に呼び出される。
休ませてよ…………。
「お疲れだったようだな。怪我は?体は問題ないか?」
陛下の言葉に、そう思うなら呼び出しって今日じゃなくても良くない?と思わなくもない。
「ご心配ありがとうございます、大丈夫ですわ。ところで用件というのはヴァローネ伯爵の事で?」
「そうだ。奴は昨日王都に着いて、そのまま牢屋にぶち込んだ。テリーと言う男は平民なのでな、街の騎士団に任せたが、殺害しようとした相手が貴族とはな……厳罰にせざるを得ん」
「当の本人である私が言うのも何なのですが……見ての通り私は元気です。未遂であった事を加味していただけると助かります」
「オーネット公爵夫人……奴の罪はそれだけではない。我が国の財産である鉄鉱石を他国へ密売したのだ。それを上乗せせねばならぬ事を忘れるな」
「ごもっともで御座いますが、それもこれも全ての元凶はヴァローネ伯爵。我が領だけでなく我が国の不利益になる事は誰よりも理解していた人物です」
「夫人は優し過ぎる。国を守る為なら心を鬼にする必要があるぞ?」
「その通りだと思いますが、どうにも困っている者を見ると……」
「それでは立派な領主にはなれんぞ?」
「領主になるのは私ではなくテオドール様です」
「確かにそうだが、些か頼りないな。オーネット公爵家は我が国にとって重要だ。そのオーネット公爵家に関わる事で話がある」
「はい。何でしょう?」
ここからが本題の様だ。
「ヴァローネ伯爵には借金があってな」
「は?それは確かディーン様が……」
「そう。一度は全ての借金を返済し終えた。たが賭け事とは一度でも沼に嵌ると抜け出せない。ある意味中毒と同じだ」
「ではまた借金を作ったと?」
「その通り。今まで黙っていて悪かった」
「では陛下はそれをご存知で?」
「もちろん。だからヴァローネ伯爵領の納税を免除したのだ。金の援助では奴の借金に消えるか、また賭け事の元手になるかだ。王族だからと全ての貴族を救う義務はないが、国民は守らねばならん。一番良い案だと思ったのだが、まさか領民を苦しめてまで自分の私欲を満たすとは思わなかった。私も甘かった。夫人の事は言えんな」
「いえ。きっとディーン様が亡くなった事で、自分がオーネット公爵家を手に入れる事が出来ると考え、また借金を重ねたのでしょう。浅はかですが」
「鉄鉱石を狙ったのはその価値に目をつけたからだが……それ以上に君を恨んでいたよ。横領がバレそうだからと殺害まで考える程にな。君にコケにされたと。ディーンに代わって私から礼を言うよ。オーネット公爵家を守ってくれてありがとう」
「………不可抗力でしたが、お役に立てて何よりです」
「ハハハッ!夫人は実に面白い。パトリシアが懐く筈だな」
「パトリシア様はお元気でしょうか?最近は忙しくて……」
「ああ。妊娠も順調だ。悪阻も終わり食欲も戻った」
私はそれを聞いて安心した。
「そこで本題だ。ヴァローネ伯爵夫人が領地の返上を願い出した」
………なるほど。借金を返すためか。二ヶ月の横領ぐらいでは返せない程借金は膨らんでいたとみえる。