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第85話

「さてヴァローネ伯爵。だんまりを決め込んだ所で、こうして証人も証拠もある。認める、認めないに関わらず、貴方の捕縛を騎士団に頼む事にします。後は法律に則った裁きを受けて下さい。

テリー、貴方もよ。しかし、テリー、安心して。ヴァローネ伯爵領については悪い様にはしないわ。ちゃんと陛下とお話をして、領民が困る事のないようにするから」

と言う私をテリーは睨んで、


「遅いんだよ!!母さんは死んだ。助けて欲しい時に助けてくれなかったくせに、良い格好するなよ!!」

と泣きながら私にそう叫ぶ。……胸が苦しい……。するとテオが、


「ステラ様が守るべきはオーネット公爵領とその領民です。今回の事はヴァローネ伯爵の怠慢によるもの。それを勘違いしてはいけない。八つ当たりして、逆恨みしたところで誰も救われません」

と静かにテリーに語りかけた。そして続けて、


「しかし、私が今こうして言えるのは、ステラ様が無事だったからです。そうじゃなかったら……貴方を殺していた」

と無表情にそう言った。


オーネット公爵家の騎士団が到着した。彼らが二人を王都まで連れて行く。後は王家の采配に任せる事になるが、テリーは平民だ。重罪になってしまうだろうと思うと私はまた心が痛くなった。


ヴァローネ伯爵は最後まで抵抗していたが、テリーは諦めた様に大人しく部屋を出て行った。

屋敷のメイドも直ぐに捕まえられるだろう。


メグは帰り際、


「知らなかったとは言え、奥様に紅茶をお持ちしたのは私です。申し訳ありませんでした」

と震えていた。


「メグ、貴女は何も悪くないわ。話を聞かせてくれてありがとう。これからも鉱山で働く者達をよろしくね」

と私が言うと、ペコリと頭を下げた。そして、


「ヴァローネ伯爵領の皆は助かりますか?」

と私に尋ねた。


「私に出来る事はするわ。悪いようにはしないから」

と私が答えるとメグは少し安心したように微笑んだ。


きっとメグにも残してきた家族が居るのだろう。彼女のオーネット公爵家への貢献に報いる事が出来るように尽力しようと私は心に決めた。


皆が出て行って、部屋には私、テオ、ムスカ、ギルバート、ソニアの五人だけになった。


「奥様……私はもう歳なのでしょうね。判断が鈍ってしまった。……昔はこんな失敗しませんでした。申し訳ありません」

と深々とギルバートは私に頭を下げた。


「そうね。貴方が歳なのは否定しないわ。でも人間は失敗するものよ」


「いえ。その結果、私は奥様を危険にさらしました。もう私は用済み。老兵は死なず消え去るのみです。今までありがとうございました。大変お世話になりました」

とギルバートは引退を示唆した。


「あら。それはあまりに無責任ではないかしら?私はあくまで公爵代理よ?そんな私に領地の事まで丸投げするつもり?」


「奥様。貴女なら出来ますよ。嫁いで来た時にはどうなる事かと思っていましたが、ここまで才能があるとは。私には見る目がなかった。貴女ならテオドール様を導きながら、オーネット公爵家を守っていけます」

と言うギルバートに、


「貴方……それって褒めてるの?貶してるの?でもね、オーネット公爵家を守っていくのはテオよ。私はそれまでの繋ぎ。ギルバート、貴方にはまだ貴方の仕事がある。代理の私にもね。本当は分かっているのでしょう?」

と私は問いかけた。


「……アーロンとは別に私の後継を育てます。テオドール様が領地まで手が回る様になったら改めてその人物をアーロンの補佐に」

と言ってギルバートは再度頭を下げた。


「分かってくれて良かったわ。辞める事が責任の取り方だと思わない事ね。立つ鳥跡を濁さず。お互いやるべき事を終えてから去るべきだと思わない?」


「………奥様の言う通りでございます」

と言うギルバートに、ちょっとだけ嫁いで来た時の恨みを晴らせた様でスッキリした。


すっかり落ち込んでしまったギルバートは部屋に残して、私の部屋へと四人で移動した。


「終わったわね」

と私はため息と共に呟く。そしてムスカに目をやると、


「ムスカはどうして此処に?」

と尋ねた。


「母が意外と元気だったんで早めに帰ろうと思ったんです。でも姉が送って行けって言うんで……」


「……そう言えばお姉様はオーネット公爵領に……」


「はい。ここに嫁いでるんで。母の看病の為に村へ帰って来てくれていたんで、送るぐらいはやっておかないと、後々煩いな……と」


姉と言うのは、何故あんなに強いのだろう。私も常々感じていた事だが。


「お母様の体調はもう大丈夫なの?」


「はい。もうそれなりの歳なので若い時と同じ様には動けないのは仕方ないですが、日常生活には差し障りないぐらいに元気になりました」


「そう。それは安心したわ。でも、もっとゆっくり休んで良かったのに」


「奥様を自由にさせ過ぎるのは、私の精神衛生上良くないので」

とムスカは無表情でそう言った。私を何だと思っているのか。


「それで?」


「公爵領に着いたら、公爵夫人が嫁いで初めて領地の視察に訪れてるっていう噂を聞きつけまして、それで屋敷に向かったんです。そうしたら鉱山に向かったと言われて。それから鉱山の方へ急いだんですが、日が暮れてしまったので、鉱山は諦めて宿屋に行ったら、あの男が明らかに怪しい様子だったんで、とりあえず捕まえました」


「え?ムスカ……貴方、火事の件もテリーの件も何も知らずにヴァローネ伯爵を捕まえたの?間違いだったら大事よ」


「でも、結局刃物も持っていたし、私の勘は間違ってなかったって事ですよね?」

と言うムスカに呆れながらも笑ってしまった。


「凄いわね。流石ムスカだわ」


「あの男がこの領に居るのも怪し過ぎましたしね」


と私達二人が話しているのを聞いて、テオは急に


「ムスカさんって……ステラ様の事が好きなんですか?」

とムスカへ質問した。その場が凍りつく。


するとムスカはチラリと私を見て、


「まさか」

と言葉少なに答えた。でも、その答えにテオは納得出来なかったのか、


「でもおかしくないですか?ステラ様の専属になる前は定期的に取っていた休暇まで取らなくなったと聞きましたよ?専属になった途端、八年も休み無しって……普通は考えられませんよ」

とムスカを詰める。


「テオ、考え過ぎよ。前にも言ったでしょう?ムスカは職務に忠実なだけだわ」

と私が間に入ろうとするも、


「ステラ様は黙っていて下さい。ムスカさんに訊いているんです」

とピシャリと言われてしまった。


するとムスカは


「では正直に言います」

と言って肩を竦めた。

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