「お、お前は誰だ!!知らん!知らん!」
とテリーを見て叫ぶ伯爵に、
「煩い。叫んだって状況は変わらない」
とテオが眉間に皺を寄せた。
「俺はその男に頼まれてやったんだ!!……確かにオーネット公爵家を恨んでた。俺の父親は干ばつに苦しんでたし、俺の商会での稼ぎだけでは足りなくて、母親も働きに出て、無理が祟って病気になった。
オーネット公爵はこの男の甥だと言うのに、手も貸してくれない。元凶はこの男だと分かっていたさ。だが、もう少し援助なり何なり出来るだろうって思ってた」
テリーの声は段々と落ち着いていく。
「その内、オーネット公爵が死んだ。この男はオーネット公爵家は自分のモノになるから皆安心して良いと。それを聞いて皆は期待したんだ。……それが全て無になったと聞いた時の俺達の気持ちが分かるか?それを全て奪ったのが、この……ステラとか言う女だったと知った時には殺したくなったさ」
と言うテリーの頭をムスカは思いっ切り踏みつけた。
「ムスカ……!!!死んじゃうわ!!」
私が慌てると、
「あぁ……別に死んでも構わないと思ったもので」
とムスカは無表情にサラッと言った。
「ムスカさん、話を全て聞いてからにしてください。その後なら構いませんから」
と言うテオも無表情だ。……なんか怖い。
「イテッ!足を退けろ!」
とテリーが騒ぐがムスカは素知らぬ顔をしながらも最後にグリッと頭を再度踏みつけてから足を退けた。
「テリー、話を続けて」
と私が言えば、テリーは私を睨みながらも、
「生活の為に父親は借金をしていた。母親の薬代も足りない。商会での給金だけでは焼け石に水だった。……そんな時にこの男から声を掛けられたんだ」
……もしかすると、テリーの父親が借金している事をヴァローネ伯爵は偶然知ったのかも……同じ穴の狢だから。
「それで?」
「オーネット公爵領の鉱山で働けと。で、鉄鉱石を横流ししろと。他国に売れば大きな稼ぎになるからと」
「じゃあ、貴方が鉄鉱石をヴァローネ伯爵に?」
「あぁ、あの森の抜け道を通って運んだ。鉄鉱石を密売してその内の二割を俺が貰う約束で」
「知らん!!その男は自分の罪を軽くする為に嘘をついてるんだ!」
と言う伯爵を無視して、テリーは話を続ける。
「しかし……オーネット公爵夫人が視察に訪れると情報を得た。オーネット公爵が亡くなってから、鉱山の事はビルさんに任せっきりだったから気を抜いていた。横流しの証拠になりそうな物を捨てたかったが、夫人はもう直ぐ到着すると言われて……鉱夫達やメグの目があって燃やす事も出来なかった」
「私の訪問を知らせたのは、オーネット公爵家の屋敷の使用人ね?」
と私が尋ねると、
「そうだ。俺が懇意にしてるメイドがいる」
と言うテリーの言葉にギルバートは苦虫を噛み潰したような顔をした。
ギルバートは長い付き合いの者に対して、判断が甘くなるのだろう。ギルバートが私の到着を使用人に知らせてしまった事でテリーに情報が伝わったのは明白な事実だった。
「じゃあそのメイドにヴァローネ伯爵への伝言を頼んだのね」
「ああ」
と言うテリーの答えに、私は控えていた護衛に合図を送る。
そのメイドの証言はヴァローネ伯爵が黒幕な事の証拠の一つとなり得るだろう。護衛が直ぐ様屋敷へと向かう筈だ。
すると、ヴァローネ伯爵は、
「お前!!誰にも言うなと言ったじゃないか!女なんかにうつつを抜かして、ベラベラ喋りおって!!」
とテリーに怒鳴るも、自分の今の発言が非常に不味いものだと気づいた様で慌てて口を閉じた。
「あら?さっきはテリーの事を『知らない』と言っていたのに……不思議ね」
と私が微笑めば、ヴァローネ伯爵は目を逸らした。
「テリー、それで昨日はヴァローネ伯爵に何と言われたの?」
「奥様を『消せ』と」
とテリーが言った瞬間に、ヴァローネ伯爵は、
「黙れ!!!嘘つき!!」
と叫んだ。
「『消せ』ね。具体的には?」
「馬車の車輪を壊したのは伯爵だ。なんとかあそこに足止めして、寝てる間に殺せと言われた。だけど……寮には泊まる事にならずに焦ったよ。荒業だと思ったが、火をつけた」
「あの紅茶には何か入ってた?」
「……睡眠薬。昔、母親が飲んでいたやつ」
やはり……護衛が放火に気づかない事を疑問に思っていた。護衛は必ず毒見をする。ソニアなら、その後に皆にお茶を振る舞っていてもおかしくない。あの時、紅茶に違和感を持ったのに……私にも落ち度はあった。そして今のテリーの言い回しが気になる。
「お母様は……亡くなったの?」
と私がテリーに尋ねると、彼は私を睨みつけて、
「あぁ!誰も助けてくれなかった!親戚も!誰も!!」
と涙を流した。その叫びはとても悲しげで、怒りに満ちていた。私の胸が軋む。……ヴァローネ伯爵領が飢饉に陥っていた事を私は知っていた。それをヴァローネ伯爵が放っていた事も。
私が俯きかけると、
「ステラ様のせいではありません。天災は誰のせいでもありません。しかしそれを見越して対策をして来なかったのは領主……ヴァローネ伯爵の責任です。そしてヴァローネ伯爵領の危機的状況を知っても尚、手を差し伸べなかったのは王家です。それにはきっとちゃんとした理由がある。……そうですよね?ヴァローネ伯爵?」
とテオは伯爵へと問いかけた。ヴァローネ伯爵は唇を噛み締めて俯いたが、それについて答えるつもりはないらしい。
「テオ、何か知ってるの?」
「はい。実はギルバートさんの御子息……長男であるセルシオさんにアーロンさんが確認してくれました。さっきの『王家が手を差し伸べなかった』には語弊があります。正しくは『王家は支援はしなかったが、ヴァローネ伯爵領からの納税を免除した』です。お金を直接渡さなかったのは、ヴァローネ伯爵に信用がなかったからでしょう。それを踏まえて王家は納税を免除したんです。飢饉を脱し、領民が普通の暮らしを取り戻すまで」
と言うテオの言葉に、今度はテリーが、
「嘘だ!!!俺達は……苦しいのに……税金を納めさせられていた。商会の給金が減ったのも、そのせいだ」
と泣きながら叫ぶ。ヴァローネ伯爵はますますきつく唇を噛んだ。