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第51話

寝台に横たわるパトリシア様の顔色は悪かったが、部屋へ入った私の顔を見ると、


「ステラ様……」

と弱々しいながらも私の名を呼んだ。


私は寝台の側にある椅子に腰掛け、パトリシア様の手を握る。


「パトリシア様のご様子がいつもと違う事に気付きながら、何の手立ても打たなかった私をお許し下さい」

と私が頭を下げると、


「まぁ……やはり気づいておいででしたの?誰にも悟られていないと思っておりましたのに」

とパトリシア様はほんの少し口角を上げた。続けて、


「ここ数日、目眩や吐き気を感じる事がありましたが、せっかくの誕生祝いの席でそれを悟られる訳にはいかないと、気を張っておりました。

……皆様が退出するのを見て、気が緩んでしまったのでしょう。ステラ様にはご迷惑をおかけしました」

と私に謝罪した。


「とんでもございません。今はお加減はいかがでしょうか?」

と私が尋ねると、私の後ろから


「パトリシアは今、妊娠している」

と殿下の静かな声が聞こえた。


私はその言葉に、


「妊娠?それは!おめでとうございます!」

と喜ぶも、何故かパトリシア様は少し辛そうに眉を潜めると、


「ただ……今とても危ない状況らしいのです」

と目を伏せた。代わりに殿下が


「先ほど、出血が確認出来た。このまま安静にして様子を見るしかないが、最悪の場合は流産……という事になる……と」

と私に説明する。

私は振り返り殿下の顔を見る。今にも泣き出してしまいそうだ。


私は再度パトリシア様の方へ顔を向け、握っている彼女の手をもう一度握り直して、


「パトリシア様。貴女が塞ぎ込めばお腹の中の赤ちゃんにも伝わってしまいます。

今のパトリシア様はお子さまと文字通り一心同体。パトリシア様が大丈夫だと信じる他ないのです。

母になるのですよ?パトリシア様が強くならずに、どうするのですか」

と彼女の目を見てそう私は言った。


子を生んでいない私が言ったって、説得力がない事はわかっているが、何かの本で読んだのだ。

母親の気持ちが胎児に伝わると。

パトリシア様が弱気になれば、きっとお腹の子も弱気になってしまう。私はそう思った。


「ステラ様……。そうですね。私がこの子の母親ですもの。守れるのも私だけだわ。しっかりしなくては」

パトリシア様はそう言うと、愛しそうにシーツの上から自分の腹を撫でた。


「その通り。今は体を休める時です。ゆっくり休んで。それから赤ちゃんを迎え入れる準備をしましょう」

と私が微笑めば、パトリシア様も微笑えんだ。

さっきよりは少し目に力が戻ってきたように感じられる。


『絶対に大丈夫!』などと根拠のない事は言えないが、励ます事なら出来る。

そんな私に殿下も、


「公爵夫人、ありがとう。私もつい動揺してしまって大切な事を忘れていたよ」

とそう言うと、パトリシア様の側に寄り、寝台の縁に腰を掛けた。


そして、パトリシア様の頭を撫でながら、


「まず始めに言わなければならない事だったな。パトリシア、私の子を妊娠してくれてありがとう。私もこの子の父親として、強くあらねばと心からそう思ったよ」

と微笑んだ。


「殿下……」

そう呟いて、涙を流すパトリシア様の額に殿下は優しく口付けた。


「ステラ様、ステラ様に改めてお願いがあるのですが」

そう言うパトリシア様に私は、


「何なりとお申し付け下さい。このステラ・オーネットに出来る事なら何でもいたします」

と笑顔で答えた。


「折角ステラ様に、王太后様への贈り物を見つけていただいたんですもの。私の代わりにそちらを王太后様へ渡していただけないかしら?」

とパトリシア様は自分の手を握っている私の手にもう片方の手を乗せた。


王太后様に招待を受けているのは、王族やその血を分けた者だけ。そんな中に私が?!


私が答えを躊躇っていると、


「私からも頼む。パトリシアは状態が安定するまで、この寝台の住人だ。私も今はパトリシアの側を離れたくはない。王宮から少し離れた王太后の宮に行くのは不安なんだ。……どうだろう?」


王太子殿下からも直々に頼まれてしまっては、断る事など出来ない。


私は、


「畏まりました。パトリシア様からの贈り物だときちんと伝えて参りますので、ご安心下さい」

と頭を少し下げた。


王太子殿下もパトリシア様も私のその答えを聞いて、ホッとしたように頷く。


私は、


「パトリシア様。お疲れの所、長居をしてしまいました。私はそろそろお暇させていただこうと思います。ごゆっくりお休み下さい」

と言ってその場を退出した。


帰り際にパトリシア様からは、


「また絶対に来て下さいね」

と言われたので、落ち着いた頃を見計らってお見舞いに顔を出す事を約束した。


……パトリシア様の不安な気持ちを考えれば、断る事は出来ない。


部屋を出る間際、王太子殿下からは小声で、


「パトリシアの妊娠については、極秘だ。パトリシアの容態が安定するまでは公表はしないので、そのつもりで」

と釘を刺された。

いわれなくても、こんな事誰にも言う訳がない。


廊下で控えていたムスカには、特に何も尋ねられなかった。

きっと私が言えない事だと気づいているに違いない。

ムスカには何故か言葉で伝えなくても雰囲気で察する能力の様なものがある。


私はムスカのこういう所をとても気に入っている。


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