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第50話


「でも、これから貴方が支えるのはテオよ?私じゃないわ」


「それは、言われなくてもわかってますよ。

テオドール様も最近は目の色が変わったように勉強していらっしゃいますし、私の仕事の手伝いは何も指示がなくてもこなして下さっています。

もちろんそれを頼もしいと思っていますが……奥様は本当に退かれるのですか?」

アーロンは私の瞳を覗き込む様に尋ねる。


「当たり前じゃない。だからと言って、テオが公爵を継いだ途端に『はい!さよなら!』って言うつもりはないわよ?

でもいつまでも私がのさばっている訳にはいかないわ。頃合いを見計らって、私はそっと手を引くつもり。

テオなら大丈夫。きっと上手くやるわ。彼は今まで勉強の機会を奪われていただけで、やれば出来る子だもの」

と私が笑顔で答えれば、


「私もテオドール様の能力を心配している訳ではありません。ただ、奥様はこのオーネット公爵家に結構な影響を与えていますのでね。ご自分ではあまり気づいていない様ですが」

とアーロンはやれやれといった感じで肩を竦めた。


「私が?公爵家に?」

と驚く私に、


「思い出して下さいよ。ご主人様は夜会にも殆ど顔を出さず、社交は最低限。前公爵様も似たようなものです。前公爵夫人のお茶会がどう呼ばれていたか……教えて下さったのは奥様ではないですか」


『公爵家のお茶会の割にショボい』

……思い出した。


アーロンは続けて、


「それが今ではこの家のお茶会に招待される事は誉れ。ある意味ステータスとなる程です。

色んな家の奥様方、ご令嬢方は奥様とお近づきになりたくてウズウズしています。

今までは王家との距離感もピリッとしたものでしたが、王太子妃殿下は奥様を姉の様に慕っていらっしゃるし、パトリシア様を可愛がっていらっしゃる王太后様からも奥様は目を掛けていただいています。このままなら王家との関係は良好……しかし……」

そこでアーロンは言葉を切った。

彼の言いたい事が私にはわかる。


「貴方の言いたい事はわかってる。そこは私としても頭の痛い所よ。

でも、子どもは授かり物。人間がどうにか出来る領域ではないわ。こればかりは……私としても天に祈るしか。

……どう?議会はそろそろ動き出すかしら?」

議会は王太子殿下に側妃をと、随分と前から進言している。その声は日に日に大きくなるばかりだ。


私はこの前のパトリシア様の涙を思い出し、鉛を飲み込んだように心が重くなっていくのを感じた。


そんな中、パトリシア様の誕生日を迎える事になる。



「お誕生日おめでとうございます」

私が花束とプレゼントを渡すと、


「ステラ様、ありがとうございます」

とパトリシア様は微笑んだ。

その笑顔に私はほんの少し違和感を覚える。


「?パトリシア様?」

と私が話しかけようとするも、他にもたくさんの方々がパトリシア様への挨拶の為、私の後ろに並んでいる状況に私は思い直すと、頭を下げて次のご夫人にその場を譲った。


その後も何度かパトリシア様と会話をする機会はあるのだが、中々パトリシア様の異変を問う事が出来ない。

このおめでたい雰囲気を壊すのもしのびない。


パトリシア様の誕生日パーティーは恙無く終了した。

私は最後にパトリシア様に王太后様への贈り物である絵画を渡す為、他の方々をパトリシア様と共に見送った。


その時、


「パトリシア様!!!」

私の横に立っていたパトリシア様が膝から崩れ落ちる様に倒れた。


私と一番近くの護衛が直ぐ様駆け寄る。


「パトリシア様!誰か医師を!」

と私が叫び、駆け寄った護衛がパトリシア様を抱え上げてパトリシア様の居室へと向かう。

私も、パトリシア様の侍女もその後を付いて行く。

私と共に歩く侍女の顔は真っ青だ。彼女の顔からは心配が溢れ出していた。


私の後ろには私の侍女が、オロオロしている。私は、


「ムスカに私はパトリシア様に付いて行くと伝えて。その絵は私が持つわ」

と侍女から綺麗に包装された絵画を受け取ると、急いでパトリシア様の後を追った。



私はパトリシア様の居室の近くにある応接室へと通された。

パトリシア様が心配だが、身内でもない私が寝室まで付いていく訳にはいかない。


すると応接室の扉がノックされ、側に居る護衛が扉を開くと、そこにはムスカが立っていた。


「ムスカ……」

私が声をかけると、


「奥様。公爵家にはさっきの侍女を使いに出しました。私はこちらで奥様に付き添う事を許可されましたので」

と私の側に近寄った。


ムスカは私を一人にさせない。

公爵様を守れなかったイアンの姿と自分を重ねてそれを怖がっているのかもしれない。


私がパトリシア様の状況を祈る様に待っていると、応接室の扉が開く。そこには王太子殿下の姿があった。


「殿下。パトリシア様のご容態は?」

と椅子から即座に立ち上がった私は尋ねた。


「公爵夫人、心配をかけた。パトリシアが呼んでいるんだ。会ってやってくれるか?」

と殿下は私に優しくそう言った。


その顔には色々な感情が混ざっている様で、私はますます不安になってしまった。


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