「まぁ……なんて繊細な細工でしょう」
ミスリル子爵から手渡された香炉に、私は目を奪われた。
「どうも東方の大陸で作られた物のようです。父が行商に来た商人から買い取ったようでして、いつ頃の物かはわかりません。
しかし、父がその商人から聞いた所、随分と年代物だと」
「細工だけではなく、埋め込まれた宝石もとても美しい……。これなら、香炉として使用しなくても調度品として飾っておくだけで、目の保養になるのではありませんか?」
私は香炉を少し掲げる様にして四方八方から眺めてみる。とても美しい香炉だ。
「実は……お恥ずかしい話ながら、私はこういった物に全く興味がないのです。
ここにある物の殆どが亡くなった父の遺した物です。父は美術品にも造詣が深く、こういった物を集める趣味がありましたが、私は……全くその価値がわかりませんので」
ミスリル子爵は部屋にある調度品をぐるりと手で指し示した後、少し恥ずかしそうにそう言って苦笑した。
「でも、お父様の遺品であるのなら、尚更お手元に置いておかれた方が宜しいのではないですか?」
と言う私にミスリル子爵は、
「父は生前『その為に造られた物はその為に使ってこそ価値があるのだ』と申しておりました。
この香炉も香炉として使ってこそ価値があるのだと思っております。
であるならば、然るべき人物にお譲りする方が、父も喜ぶというものです」
と人の良い笑顔を見せた。
「でもこんな素晴らしい物をタダで譲っていただく訳にはいきませんわ。出来れば……」
私が、お金を支払いたいと言う前にミスリル子爵は、
「その代わり……と言っては何なのですが、良ければ姉に会ってやっていただけませんか?
今日、この屋敷にオーネット公爵夫人がお見えになると伝えたら、どうしても……と泣きつかれまして……」
と少し眉を下げた。
私は思ってもみなかった提案に、思わず心の中でガッツポーズを作った。
こちらから、会わせて欲しいと願い出るつもりだったのだ。……何とも嬉しい提案に私は、
「そんな事で宜しいのですか?私の方こそ是非お会いしたいですわ」
と笑顔を見せた。
「まぁ……どうしましょう!本当にステラ様にお会い出来るなんて!」
案内されたテラスの大きな背もたれのある椅子にもたれ掛かる様に腰かけた女性は、嬉しそうにそう声を上げた。
「初めまして。ステラ・オーネットです」
私はその女性の姿を確認する。
日を浴びた事がないような程の肌の白さ。いや、白いというより青白いといった感じか。
ドレスの袖から覗く手首は折れそうな程細かった。
歳の頃は四十前後。間違いない、彼女がアイリスさんと子どもの頃に交流のあったミスリル子爵のご令嬢であろう。
「こんな格好で申し訳ありません。今日は少し……調子が悪いもので。ドナと申します」
と彼女は微笑んだ。
「お休みにならなくても大丈夫ですか?」
「せっかくステラ様にお会い出来るんですもの。寝台で……なんて失礼ですわ」
とドナ様はキラキラした目で私を見た。
……どうしてそんなに私を好きなのかしら?
ドナ様はどれだけ私に憧れているかを語って聞かせた。
体調が良い時に訪れた茶会で聞いた話が主であったが、私としては自分がめちゃくちゃ褒められているのだ。気恥ずかしい思いしかない。
「そんな……。買い被り過ぎですわ。元は私も田舎の伯爵令嬢。王都に来たのも結婚してからですもの」
「それなら、尚更、憧れてしまいますわ。ご結婚されてまだ十年も経っていないのでしょう?……でも公爵様の事は……その……とても残念に思いますわ」
私が未亡人である事を思い出したのか、ドナ様は少し目を伏せた。
「お気になさらず」
と私が微笑めば、ドナ様も少し微笑んだ。
色々と話をしているうちにドナ様の子どもの頃の話になった。……この流れでアイリスさんの事を聞けそうだ。
「では、ずっと屋敷で家庭教師に?」
「ええ」
「それは、私も同じです。私も学園には通った事はありませんの」
と私が言うと、ドナ様は自分と同じだという親近感を持った様で嬉しそうに、
「まぁ!なんだか嬉しいわ。今まではそれを少し……卑屈に捉えていたのですけど。学園にも通わず、友達と呼べる者もおらず……」
と眉を下げた。
「私も子どもの頃は領地に居る子ども達と遊んでいましたので、貴族のご令嬢やご子息とは全然交流を持っておりませんでした」
と私が言えば、
「その昔、父が懇意にしている商会のお嬢さんを私の友達に……と父が連れて来た事があったんです」
とドナ様は話し始めた。
キター!これ、アイリスさんの事よね?