そんな話をしていると、少し向こうに居た紳士がこちらに近寄って来た。
「お話中失礼。もしや、オーネット公爵夫人でいらっしゃいますか?」
と紳士は私の後ろに控えたムスカに話しかける。
「貴方は?」
と言いながらムスカは私と紳士の間に立ち塞がる。
「あぁ、申し遅れました。私はジェレミー・ミスリルと申します」
……ミスリル、ミスリル……あぁ!
「初めまして。貴方、ミスリル子爵?」
と私が尋ねると、
「はい!初めまして。少しお名前が聞こえたもので、失礼を承知で声を掛けさせていただきました。実は私の姉がオーネット公爵夫人のファンでして……」
と私の目の前のミスリル子爵は何故だか少し頬を染めた。
「私の……ファン?」
「はい。私の姉は……体が弱く、あまり外には出られないんですが、極、たまに出席したお茶会で、皆さんがオーネット公爵夫人のお話をしているのを聞いて、憧れを募らせておりまして……」
「あこがれ……」
「はい。皆さん貴女のお茶会に行った事を自慢していて……自分もいつか招待されてみたいと……。
こんな子爵の姉など招待される訳がないのだと、言い聞かせてはいるんですが、いつまでも少女の様な気分で困ってしまいます」
少し眉を下げるミスリル子爵だが、お姉様の事を大切に思っているのが伝わる。
「まぁ。私のお茶会は身分関係なく、お誘いしていますのよ。ただ、なかなか皆さんにお声がけ出来なくて」
「少人数のお茶会だと聞いた事がございます。姉もそれを良くわかっているので、ますます憧れが強くなったんでしょう」
私はふと、思い付く。
「ミスリル子爵領は資源豊かな素晴らしい領地だと聞いております」
「いえいえ。オーネット公爵領に比べれば……」
「でも、私、夜会でもミスリル子爵夫人にお会いした事がないと記憶しているのですが……」
私がそう言うと、ミスリル子爵の眉間には深い皺が刻まれた。
何か訊いてはいけないことを訊いちゃったのかしら?
「実は……妻は息子と領地におりまして。姉との折り合いが悪く、もう王都には居たくないと。ただ、領地で私に代わり随分と領民の為に働いてくれております。良い妻ですよ」
そう言う子爵は少し寂しそうだった。
「そうでしたの……。でもそうやって奥様を素直に褒める殿方がどれ程いらっしゃるかしら?ミスリル子爵は奥様への感謝を忘れず、素晴らしいと思います。奥様は幸せですね」
「そう思ってくれていると良いのですが……。姉の事では随分と嫌な思いをさせました」
……ミスリル子爵は自分の姉と奥様の間で板挟みになっていたのだろう。それに気づいた奥様が自ら領地へ引っ込んだという事か。
「例え愛している人のご家族でも、家族ごと愛せるかと言われれば、それは別ですわ。
それにお姉様もご病気で思い通りにならない事も多いのでしょう。そのもどかしさで辛い思いをしているのでしょうね」
「その通りです。そこを私が上手く取り持つ事が出来なかったんですが……と、つい愚痴のようになってしまいました。申し訳ありません」
「いえ。こうして出会えたのも何かのご縁ですもの」
と私が微笑めば、
「今、少し小耳に挟んだのですが、お香をお買い求めで?」
と子爵は尋ねてきた。
「ええ。このアンバーグリスをお香に」
「なるほど。実は私の家に珍しい香炉がありまして。かなり年代物で高価な物らしいのですが、うちは姉が匂いに敏感で、全く使えないのです。
もしお香に興味がお有りなら、そちらを貰っていただけませんか?うちにあっても宝の持ち腐れで」
「まぁ。いただくなんて、申し訳ありませんわ。でも、珍しい品とお聞きして興味が湧きました。もしよろしければ拝見させていただいても?」
「もちろんで御座います!よろしければお持ちいたしましょうか?」
とのミスリル子爵の提案に、私は頭に浮かんだ考えを口にする。
「いえ。もし差し支えなければ、私が子爵邸にお伺いしても?」
と私が尋ねると、ミスリル子爵は目を丸くした。
この機会に、子爵の姉……そうアイリスの友人であった人物に接触する事が出来そうだ。宝石の話の真実を聞けるかもしれない。
私はそっと口角を上げた。
ミスリル子爵のタウンハウスは子爵という身分以上に豪華だった。
馬車を降りた私は思わず、
「まぁ……立派なお屋敷ね」
と呟いた。
「ですね」
とムスカは短く答える。
ムスカは私の外出には、絶対についてくる。その間はテオとフランクにはアーロンがついている。
私は別の護衛でも構わないと言うのだが、ムスカは頑なに首を縦に振らない。
子爵邸の応接室に通された私はここでも目を丸くする。
「調度品も凄く高そう……。この家、うちより儲かっているんじゃないかしら?」
と小さな声で呟く私に、
「うちは……ご主人様がケチだっただけでしょう」
とムスカは辛辣な事を言った。……ごもっとも。