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第46話

「講師を……」

アーロンから、テオが学びたいとの希望を聞いた私は思わず自分の額に手を当てた。


「頭からスッポリ抜け落ちてたわ。そりゃそうよね。私の仕事の手伝いだけで公爵になれる訳ないもの。

何でそこに気付かなかったのかしら、私」


家庭教師から二年しか学んでいないテオには、今からでも教育が必要だ。

食事のマナーもダンスも重要だが、一番大切な事を私はすっかり忘れていた。


「いや、私も同じですよ。公爵様が亡くなって、思いがけずステラ様の執事兼側近として働き始めた自分にも余裕が無さ過ぎました。すみません。

……で、如何いたしましょうか?」

と尋ねるアーロンに、


「ギルバートに手紙を書くわ。適任者を彼が知ってるから」

と言う私に、アーロンは、


「わかりました」

と下がって行った。


ギルバートはアイリスさんを説得出来ぬまま、領地へ帰って行った。


最悪、私がコビーさんへの借金を返すしかないかもしれない……とそう考えてはいるが、それは最終手段だ。




その人物は丸二日かけて、我がオーネット公爵家にやって来た。


「初めまして。ステラ・オーネットです」


その人物は応接室へ入ると、帽子を取り、深々と頭を下げた。


「フランク・ジーベルです。昔……テオドール様の家庭教師を……」

という彼に、


「頭を上げて下さい。全く知らなかった事とはいえ、貴方には辛い思いをさせましたね」

と私は少し眉を下げた。


「ではっ……!私の潔白を信じて下さると?」


「ごめんなさい。それについては私は何とも言えないわ。双方の話を聞いても証拠がない以上、どちらの言い分も否定出来ない。

でも、勝手に解雇をした事についてはアイリスさんの不手際です。貴方はこのオーネット公爵家に雇われた身。貴方の解雇は公平性に欠けるものでした。それは認めます」


「勿体ないお言葉。ありがとうございます。……ところで私は何故呼ばれたのでしょう?」


「実は……テオドールの教育をまた、お願いしたいの。事情を知っている貴方が適任だと思うから。もちろん……貴方が了承してくれたら…の話だけど」


「もちろんです!」


「引き続き、こちらの事情は明かさないで欲しいの。約束していただける?」


「当然でございます」

彼は二つ返事で了承してくれた。


この屋敷にはアイリスさんが居る。彼と会わせる訳にはいかない。

私はテオの勉強の為に離れを提供する事にした。


「私も、そこで生活を?」


「ええ。テオも離れに移って貰うから。それと、護衛のムスカよ」

と私の後ろに立つムスカを紹介する。


ムスカは私から離れる事に異議を唱えたが、私のお願いを断る事は出来なかった。何だかんだで優しい彼につけ込んでいるとも言える。


私の為に設えた離れだが……仕方ない。 私があそこで暮らすのは、どうせまだまだ先だ。



「奥様、ジーナから連絡が」

とアーロンが持ってきた手紙に、私は心を踊らせた。


「見つかったと言う連絡なら良いですね」

と言うテオに、


「本当にね。ところで、テオ、その後どう?勉強は上手くいってる?」

と手紙の封を開けながら私は尋ねた。


「なんとか、頑張ってます」

とテオは少し微笑んだ。


フランクからテオの学習の進捗状況については聞いている。フランクは真面目な人間だった。私に逐一報告してくれるのだ。

……ギルバートが握っている、彼の秘密とは何だろう。まぁ、そのお陰でテオの情報が出回らずに済んでいるのだが。


テオは中々優秀だと聞く。テオも真面目だ。二人は良いコンビなのではないだろうか。


封を開けて私はジーナからの手紙を読む。


「まぁ……。ジーナったら、他の商会にまで問い合わせてくれたらしいわ」


「で、結局は……?」

とアーロンが私に尋ねる。


「ある商会で見つかったそうよ!良かったわ。これでパトリシア様のお誕生日の贈り物が決まったわ」

と私が喜ぶと、


「で、どちらの商会に?」

と尋ねるテオの声に、私は一瞬間を置いてしまった。


そこには『カンデラ商会』の名が書かれていた。……コビーの商会ではないか。

私はテオに、


「カンデラ商会……という商会らしいわ」

と素直に答えた。嘘を付くのはおかしいだろう。テオはその名を聞いて、


「それ……トミーおじさんの商会です」

と目を丸くした。やはり知っているわよね。




「ようこそいらっしゃいました。会長のコビーと申します」

と少し髪の薄い小太りな男がペコリと私に挨拶をした。


「初めまして。ステラ・オーネットです」

と私が微笑むと、


「まさかオーネット公爵夫人が、こんな小さな商会に足を運んで下さるとは……」

とコビーは何故だか感動している様子だ。


「コビーさん。例の頼んでいた物、ここにあるのよね?」

と私の横のジーナが尋ねると、


「ええ、御座いますとも。アンバーグリスですよね?」

とコビーは店の奥に引っ込むと、目当ての物を持ってきた。


「父がこういう珍しい物が好きでして。結構な年代物のようですが、どうやって売って良いのか、私には全く。こういう物には疎いもので」

と少し恥ずかしそうにコビーは答えた。


ジーナは、


「これをお香にするつもりなの。売って貰えるかしら」

とコビーに尋ねる。私も、


「とても高価な物だと聞いています。そちらの言い値で買いますので、遠慮せずに仰って下さい」

とコビーに言った。



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