何だかすっきりしない想いを抱えながら日々を過ごす。
ムスカがアイリスさんの後を尾行する事三日。ムスカが新たな情報を持ってやって来た。まずはアーロンが、
「ユニタス商会のアルベルトは現在四十歳程。彼には、父親がいません。
母親は花屋を営んでいたようですね。その母親も数年前に肺を患い他界しています」
とアルベルトについて調査した結果を私に報告する。
「アルベルトの母親はどんな人物?」
「近所の人達は『男に捨てられた可哀想な女だ』と。どうも結婚を約束していた男に捨てられたようです。
その男はアルベルトの母親を捨てて、他の女に乗り換えたみたいですね。
そして別れた後に、子どもを身籠っていた事に気づいて未婚のまま子を産んだようです」
「まぁ…それでは随分と苦労したんじゃないの?」
未婚で子を産んで育てる。アイリスさんと境遇は同じだが、アイリスさんには公爵様が居た。
「その後、若い内は何人かの男と暮らしていたようですが……上手くいかなかったのか、亡くなる十数年前からは一人だったようですよ」
「一人?アルベルトは?」
「アルベルトは十五歳頃から家を出て働いていたようです。商会で働き始める前はギリアン国に居たと」
「ギリアン?あまり良くない噂の多い国ね」
ギリアン国は三十年程前に独立した、まだ歴史の浅い国だ。
独立の旗印であった反乱軍のリーダーがそのまま国の王となったが、為政者としてはあまり向いていなかったようで、未だ、ゴタゴタしている。
犯罪も多く、治安が悪い。我が国とは殆ど国交もないはずだが。
「アルベルト自体、昔は結構手のつけられない乱暴者だったようです。商会で働き始めた時には、すっかり紳士になっていたようですがね」
ふーん。ギリアンで何があったのかしら?
アーロンの報告が終わったかと思えば次はムスカが、
「アイリスとは別に男女の関係ではなさそうです。しかも……アルベルトの方がアイリスに金を渡していました」
私の予想が外れてしまった。私的にはアイリスさんが、公爵様からの支援金をそのアルベルトに貢いでいるのかと思っていたのだ。その代わりに……。
「あ、やはりアイリスのワンピースはアルベルトが働いていた商会で取り扱っていた物のようです。
ワンピースはアルベルトからの贈り物でしょう。アルベルトはオーネット公爵領方面にも良く顔を出していたとの証言もありますので」
とアーロンは付け足した。
私としては、貢いでもらう代わりにワンピースを贈って、アイリスさんのご機嫌を取っていると思っていたのだが。
アイリスさんにお金も渡してワンピースも贈って……アルベルトの方がアイリスさんに貢いでいるという結果に、私は首を傾げるばかりだ。
「でも、アルベルトが最近独立したというのなら、その軍資金をアイリスが出していたとは考えられませんか?」
というアーロンに、
「余った分を全部?それなら、よほどアイリスさんはアルベルトに執着してたって事?」
公爵様がありながら?他にそんなに好きな男がいるのなら、私と公爵様が結婚したからと言って、テオが言っていた程、荒れるかしら?
すると、ムスカが
「気になるなら、直接本人に尋ねたらいかがです?ここで推理したって埒が明かないでしょう?」
と至極尤もな意見を言った。……が、
「それが出来れば苦労はしないわよ。流石に『貴方達どんな関係?』って訊いて素直に答える訳ないじゃない」
という私の言葉に、ムスカは、
「まぁ…私はもうあの女を尾行するのは御免です。……バカみたいにはしゃいで……見ているだけで、頭が痛くなったので」
と言って部屋を出て行った。
その背中を見送った私は、
「でも…ムスカの言う事も尤もね。ここで私達が、あーだ、こーだ言っても、真実は彼女達しかわからないし……。一旦考えるのは止めるわ。コビーさんには申し訳ないけど」
「父が安請け合いするからですよ。オーネット家とアイリスとの繋がりを今は悟られる訳にはいかないのに」
とアーロンは少し呆れた様に言う。
確かにそれはそうなのだが、ギルバートはギルバートなりに、アイリスさんに好き勝手されていた事に自責の念を感じているのだろう。
公爵様を信じ過ぎた結果、家庭教師は解雇されているし、支援金の大半は使途不明金として行方知れず。
だが、ここへ来て謎だらけだ。
うーん。私も仕事があるので、この件にばかり構っていられない。
すると、アーロンが、
「そういえば……テオドール様のマナーレッスンはいかがです?進んでますか?」と尋ねてきた。
「食事のマナーについては、もう合格点よ。あの子は結構真面目だから、一生懸命だったもの」
と私が微笑めば、
「では次ですね」
とアーロンは頷く。
「次?」
「ええ。ダンスですよ。社交には欠かせないでしょう?」
とアーロンは笑った。
ダンスかぁ…すっかり失念してたわ。
「ダンス……」
そう言ったっきりテオは絶句した。
「そう。ダンス。貴族には必須科目と言っても過言ではないわ。もちろんテオはダンスを……」
「踊れません」
ですよね。わかってました。
「安心して。まだ公爵を継ぐまでは時間があるし、ゆっくり習得していきましょう」
と私が微笑めば、
「もしかして……ステラ様が教えてくれるのですか?」
とテオは尋ねる。少し頬が赤いのは、ダンスが踊れない事への羞恥だろうか?
「ええ。こう見えて意外とダンス得意なのよ」
と私が頷けば、テオはホッとした様だった。
テオがだんだんと私に懐いてくれている様で嬉しい。
大きな感情の変化は見れないが、私への警戒心は随分と薄れた事が見て取れる。
「でも……ステラ様はお忙しいのに……」
「もちろん、私の時間が取れる時に限られるからテオには不便だろうけど、他に貴方にダンスを教える事が出来る人がいないしね」
と私が言えば、テオ真面目な顔になって、
「……ステラ様。正直な気持ちを教えて下さい。俺達がここに来た事……どう思ってますか?やっぱり迷惑でしたよね?」
と私の目を真っ直ぐに見て尋ねた。
ここで誤魔化したって仕方ないだろう。
私はちゃんと、彼の問いに答える事にした。
「正直な事を言うとね、貴方達の存在を知った事も公爵様が亡くなった後だったし、貴方達がこの屋敷に訪れた時には、戸惑ったわ。
私がギルバートに頼まれた事はこの家と貴方……テオを守る事よ。領地の方が貴方の存在を隠しておけるのなら、その方が貴方を守れるのかもしれない、そう思うと本当なら領地へ送り返した方が良かったのかもしれないわね。
でもね、貴方とこうして過ごす様になって、この生活も悪くないと思っているの。家庭教師は……いつの間にか貴方の元を去った。もし、貴方があのまま領地で過ごして十八歳になって、ここの養子になって公爵を継いで……私が直ぐ様この公爵代理を降りて手を引いていたら、きっとテオはどうにも出来ずに混乱していたでしょう?
こうして引き継ぎの時間をゆっくり取れた事は良かったと思ってるの。ただ……アイリスさんには少し手を焼いているわ」
と私が苦笑すれば、
「ステラ様は……俺が公爵を継いだら、どうするおつもりだったのですか?」
とテオは尋ねた。
「そうねぇ。公爵様が生きていたなら……離れに移り住む予定にしていたの。でも、今は……どこかに旅に出ても良いかな?なんて思ってるわ」
と答えたら、
「それは、困ります」
と何故か少し怒ったようにテオはそう言った。