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第42話

「流石、ステラ様ですわ」


私がポール・ダンカンの絵が手に入った事を知らせると、パトリシア様は花が咲いた様な笑顔で喜んだ。


お茶を飲みながら、私は話を続ける。


「画商がアンプロ王国まで足を運んで探してくれたお陰です。私は執務室でふんぞり返っていただけですもの」

と私が笑えば、


「ステラ様はお忙しい身であるのに……本当にありがとうございました」

とパトリシア様は私に礼を言った。


「まだ、こちらに絵画自体届いてはいないのですが、実は額縁がかなり傷んでいるようでして。きちんと贈り物として相応しい様に準備してから、パトリシア様にはお渡しいたしますわ」


「何から何までありがとうございます。王太后様もお喜びになると思うわ」


「しかし……前国王陛下がお亡くなりになって……もう十五年も経つのですね」

と私が言えば、


「ええ。陛下は若くしてこの国の王になり……最初はとても苦労をしたのだと、妃陛下から聞いた事があります。

今はまだ陛下もご健在でいらっしゃるから、殿下にはその苦労は必要ないかもしれませんが。

実は……陛下が一番苦労したのは、オーネット公爵家との関係改善であったと……そう仰っておいででしたの」


「うち……ですか?」


「ええ。ステラ様の前でこんな事を言うのは不躾かもしれませんが…オーネット公爵家と王家との関係は本当に絶妙なバランスで保たれております。

どちらかがどちらかを御そうとすれば、そのバランスはいとも簡単に崩れてしまいかねません。

前国王陛下と前公爵との間柄はあまり良い関係だと言えなかった……そう聞いた事は御座いますか?」


それはギルバートから少し聞いた事がある。


「ええ。あまり詳しくは知りませんが」


「それを今の陛下は良い関係に導いた。オーネット公爵家と良好な関係を保つ事は王家にとっても重要なんです。

……ですから、私がこうしてステラ様と仲良くさせて頂いている事を両陛下共に、とても評価して下さっていて……。

あ!ステラ様、勘違いしないで下さいませ!私がステラ様と仲良くしているのは、私がステラ様を大好きなのであって、誰かから褒められたいからではありません!!」

と少し慌てるパトリシア様が可愛らしい。


それに……今の国王陛下がオーネット公爵家との関係を良好に保てているのは、公爵様の弱みである、アイリスさんとテオの事を陛下が知っているからだ。まぁ、ある意味、信頼関係があった事は窺えるが。


「安心して下さいませ。パトリシア様のお気持ちは良くわかっております。

確かに我がオーネット公爵家は強い力を持っておりますが、私は単なる繋ぎ。

私と仲良くしていた所でそんなに利益にはなりませんもの」

と私は笑った。

私はテオに公爵を継がせるまでの繋ぎ。単なる代理でしかない。テオが公爵になれば、『前公爵夫人』に名前が変わるだけの存在だ。


「……どう尋ねるのが良いのか悩んだのですけど……今後、オーネット公爵は誰にお譲りになるのです?」

とパトリシア様は少し尋ね難そうに私にそう訊いた。


私と公爵様の間に子がない事は周知の事実。

別に私がその質問で傷つく事はないのだが、気を遣わせたようだ。


「……血縁の者に継がせようと考えております。ディーン様も後継については常々考えておりましたから、私はその遺志を継ぐだけですわ」

と私が微笑めば、


「ではどなたか養子を迎えられる……そういう事ですのね?」

とパトリシア様は頷いた。


『親戚から』とは言えず、言葉を濁したが、そこをどう捉えるかはパトリシア様次第だ。私は嘘は言っていない。


「ええ。そうなりますね」

と私は答えた後、話題を変えるように、


「そういえば!もう少しでパトリシア様のお誕生日でいらっしゃいますね」

と私が明るくそう言うと、パトリシア様は一気沈みこんだ。あれ?この話題、何か不味かったかしら?


「こんなに……自分の誕生日が憂鬱であった事はありません」

と沈んだ声でパトリシア様はそう言った。何かあったのだろうか?


「どうかなさいましたか?」


「ステラ様……私、誕生日を過ぎたら殿下に側妃を迎えていただこうと思っていますの」


「側妃……でございますか?」


これまで何度も王太子殿下は周りの『側妃を』という声をねじ伏せてきた。それが……何故?

いや……何故ではないか。きっと、パトリシア様がその声に耐えられなくなってきたのだ。


「次の誕生日で私はもう二十四になるわ。殿下と結婚して六年。私は十分大切にしていただいた。でも……殿下に子を抱かせてあげる事は出来そうにないもの」

とパトリシアは綺麗な瞳から大粒の涙を溢した。


私も何と慰めたら良いのかわからない。

私と公爵様は『白い結婚』故に子がない。それはオーネット公爵家の者しか知らない事だが、私達の中ではそれについて苦言を呈する者も、嫌味を言う者もいない。


しかしパトリシア様は違う。王太子殿下と愛しあっているのに、御子を授かる事が出来ずにいるのだ。


不妊の原因は女性にあると考えられがちだが、原因が男性にある場合も十分に考えられる。

側妃を持てば御子が授かるかと言えば、そうではないのだが、こればかりは、やってみなくてはわからない。


王太子殿下はパトリシア様を悲しませたくはないというお気持ちから側妃を断っておいでなのだろう。


しかし、二人は王族。この問題は気持ちだけで割りきれるものでない事もまた事実だ。

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