「テオ?今日の夕食、口に合わなかったかしら?」
と尋ねる私に、
「いえ!そんな事はありません。いつも通り……美味しいです」
と慌てて肉を口に入れた。
今日はテオの食が進んでいないようだ。
どうしたのだろうか?
「何かあった?」
最近はめっきり食事のマナーも身に付いたテオの手元を見ながら、私は尋ねる。
「……今日、アーロンさんから資料をいただきまして……」
と俯くテオに、
「あぁ!そう言えばアーロンに頼んでおいたわ。最近、何だか色々ありすぎて失念しちゃう所だった」
と私が声をあげる。
アーロンに頼んでおいた、テオの婚約者候補の資料だ。
アーロンも仕事が早い。頼んだのは二、三日前だというのに。
「…………」
黙り込んでしまったテオに、私は
「急がなくて良いって言ったでしょう?あれはあくまで候補だし、貴方が公爵を継いだ暁には、もっとたくさんの釣書が来るわ、きっと。慌てなくて良いの。なんなら、公爵になってからでも顔合わせの為にお茶会を開いても……」
と説明しようと思ったのだが、言い終わらぬ内に、
「あの候補者の中から選ばなくてはなりませんか?」
とテオは顔を上げて私を見ると、そう言った。
「……いえ……絶対に、という訳ではないわ。ただ、身分の事もあるし、テオに年齢も家柄も釣り合っていて、婚約者の決まっていないご令嬢は殆んど資料に載っている筈だけど」
「伯爵家以上のご令嬢なら問題ないんですよね?」
と更に尋ねたテオに私は、『そうね』と肯定してみせた。
「その答えを聞いて安心しました」
とテオは僅かに微笑むと、残りの肉を平らげた。
あら?食欲戻ったのかしら?
「奥様、申し訳ありません。……見付けられませんでした」
と少し俯き加減で私の部屋へ来たソニアに、
「いいのよ。ダメ元でお願いしたんだもの。ごめんなさいね、盗人みたいな真似をさせて」
私はアイリスさんの出掛けている間に、彼女が宝石やアクセサリーなど、身分に合わない物を持っていないかソニアに探させていた。
お金を何か価値のある物に代えていたのではないかと思っていたからだ。
あの部屋に疑われずに入れるのは、今の所ソニアとテオだけ。流石にテオには頼み難かった。
「いえ。ちょっと罪悪感が襲ってきましたけど、なんかドキドキしてちょっとしたスリルを味わいましたよ」
とソニアは心許なげに笑った。……無理をさせてしまったようだ。
もう一度謝罪しようと、私が口を開きかけた時、
「しかし、あんなワンピース……どこで買ったんでしょうか?領地にはあんな上等なワンピースを売るお店はありませんよ」
とソニアは首を傾げた。
「そりゃあ、公爵様がこの王都で買って贈り物にしていたのではないの?」
と私が言うと、
「しかしですね、奥様。思い出して下さい。このオーネット公爵家が懇意にしていたブティック。あのお店ではあんな若者向けと思われるようなワンピース、売ってませんよ?」
確かにこの公爵家が懇意にしていたブティックは高価なだけで、古典的なデザインの物ばかり。なので、私はそのブティックからドレスやワンピースを買うのをすっぱり辞めていた。公爵様には色々と嫌味を言われた事を思い出す。
「なら、他のお店で購入したんじゃない?」
「あのご主人様がですか?……考え難いです」
ソニアの言いたい事は良くわかる。女嫌いの公爵様に、他の店を探してアイリスさんが喜ぶようなワンピースを買って贈る……など至難の技だろう。
「そう言われれば、そうね」
と私は少し考える。そして、
「ねぇ、ムスカを呼んで来て?私が頼みたい事があるって」
と私が微笑めば、
「次の犠牲者はムスカですか……」
とソニアは小さく呟いた。
ムスカは私のお願いを聞いて、片眉をピクリと動かした。
しかし、特に反論する事もなく『わかりました』とだけ言って部屋を出て行った。
無口だと、こんな時に文句を言われる事がないので楽だな。
直ぐに結果が出るかどうかはわからない。果報は寝て待て。いやいや、『果報』ではないかもしれないな。さてどんな結果が待っているのか……。
『果報』と言えば……。
「奥様、ビアンキさんからお返事ですよ」
とアーロンから手紙を渡される。
「頼んでいた物の返事だわ。良い知らせなら良いんだけど……」
セザール・ビアンキは私が街で見つけた画商だ。
彼が営む画廊はこじんまりしていて、パッとは目につかない場所にあった。
こんな場所で商いが出来るのかと私は不思議に思ったのだが、彼の目利きは確かで顧客にはかなり上位の貴族も名を連ねていた。まさに『知る人ぞ知る』だ。
ビアンキからの手紙を開く。
「まぁ!!見つかったって書いてあるわ。これでパトリシア様に良い報告が出来そう」
と私が喜ぶと、
「例の画家の絵が見つかったんですね」
とアーロンが手を差し出したので、私はビアンキの手紙をアーロンの手に乗せた。
アーロンもさっと目を通す。
「ビアンキさんは、今アンプロ王国に居るんですね」
「アンプロ王国からこの手紙を出したのなら、そろそろ戻ってきても良いかもね」
と私は笑顔になった。
ポール・ダンカンの絵画が見つかったので、持ち帰るというビアンキの返事。
私は彼の帰りをワクワクしながら待つことにした。
その翌日、執務室に顔を出したムスカは私に
「これです」
と私に一枚の紙を差し出した。
「ユニタス商会……最近出来た商会なの?あまり聞いた事ないわ」
と私が言えば、ムスカは
「主人のアルベルトは他の商会で働いていていて、最近独立したようです」
と私の問いに答えてくれた。そこまでちゃんと調べてくれたようだ。流石、私と付き合いが長くなってきただけある。
「なるほど。アルベルトと彼女の関係は?」
「流石にこの時間では無理です」
とムスカは苦笑いをしてみせた。
有能な部下を持つと、つい欲張りになってしまって悪い。