「その顔を見るに……知らなかったのね」
「……申し訳ありません」
「謝らないで。貴方が謝る必要はないの」
私はそう言ってから、テオにアイリスさんの借金の経緯を話して聞かせた。
「確かにコビーさんに良く思われていないと言ってたのは覚えていますが……そんな事が。それなら、あの人が恨まれていても納得だ」
「どうにか、借金を返すように説得したいんだけど、なかなか難しくてね。こちらが払う……のは簡単な話だけど、貴女達が此処に居る理由を話す事は出来ないし…」
と私が言えば、テオは、
「少し待ってて貰えますか?」
と言って慌てて部屋を出て行った。
少しして戻って来たテオはジャムを入れるには少し大きいと思われる瓶を私に渡す。それには紙幣や銀貨がぎゅうぎゅうに入っていた。
「これを使って下さい」
「これ……テオが貯めたの?」
「子どもの頃から、少しずつ。パン屋で貰ったチップとか……子どもの頃、店に立つとお小遣いってお客さんがくれたりして……」
と言うと、テオは決意したような表情で、
「多分足りないと思うんで、後は絶対にあの人に払わせます。俺が説得してみます。……俺の言う事に耳を貸すとは思えないけど、それでも……」
と言うテオに私は、
「これは貴方の物よ。貴方が頑張った証だわ。テオの気持ちは嬉しいけれど、これは使えない」
と私は首を横に振り、瓶をテオの方へと差し出した。
「でも!」
「ごめんなさい。貴方がこの話をすれば、こういう行動を取るかもしれないって……想像出来たのに。貴方に話した私が軽率だったの」
「ステラ様は何も悪くないです。悪いのはあの人だ」
「そう。その通りよ。悪いのはアイリスさんただ一人。私でも……ましてや貴方でもないわ」
「だけど、コビーさんに申し訳ない……」
とテオは項垂れる。
この子は真面目な子だ。あのアイリスさんから、どうしてこうも真面目な子が出来たんだ?と不思議に思うが、テオは複雑な環境の中、真っ直ぐに育ってくれたと思う。
「テオ、心配しないで。ここは私達大人がなんとかするべきだわ」
と私が微笑めば、テオは、
「子ども扱いしないで下さい……」
と少し口を尖らせた。
「奥様お呼びでしょうか?」
「ソニアごめんなさいね、忙しいのに」
私はソニアを呼び出した。
「最近はそう忙しくありませんよ。あの方がお昼頃までお休みになってらっしゃるんでね」
最近のアイリスさんは観劇に嵌まったのか、やたらと夜、街へ出かけるようになってしまった。
あまり目立つ事をしないでくれとお願いしたが、
『大丈夫!私は名前も偽名を使ってるし、この屋敷の事だって誰にも言ってないわ、安心して!』とにこやかに拒否されてしまった。
まぁ、テオの存在をバラされたくなければ…などという脅しを使われなくて良かったとは思っている。
テオの存在が公爵を継ぐ前に世間に広まれば、テオの命も危なくなる事は一応理解している様だ。
まぁ、夜遊びが祟ってか、アイリスさんは昼過ぎまで起きてこない日が増えた。
テオもアイリスさんと夕食を共にする事がなくなり、私とマナーレッスンを兼ねた夕食をほぼ毎日、共にしている訳だが。
「アイリスさんがこんなに観劇に通うお金があるのって不思議よね?」
私が初日にチケット代は払わないと言っているので、彼女は自腹を切っているはずなのだ。
「私には、『領地で働いて貯めたお金だ』と言っていましたけど」
「実は彼女、パン屋には殆んどノータッチだったみたいなの。どれだけの収入があっか、理解してなかったんじゃないかしら?」
「へ?では誰が?」
「テオよ。テオは幼い頃からアイリスさんに代わってパンを作っていたらしいわ。ある程度の年齢になったら、パン屋はテオに任せきり」
「どうりで……テオのパンは美味しい筈です」
ソニアもテオのパンのファンの一人だ。
「売り上げの殆んどは生活費に回していたとテオは言ってたの」
「では……ご主人様が支援していたお金は?どこへ?」
「彼女、実は親戚の方に借金があってね。その返済にあてていた…のは間違いないんだけど、全てを返済にあてていた訳じゃないと思う。だって計算が合わないもの」
と私はおもむろに、
「でね。実はソニアにお願いがあるんだけど……」
と私が微笑むと、
「聞く前から嫌な予感がするのですけど……」
とソニアの顔が引きつった。