屋敷へ戻ると、ギルバートが渋い顔をして立っていた。
「あら?お出迎え?珍しいわね」
と私が皮肉っぽく言えば、
「奥様にお話したい事があるので」
とギルバートは答えた。
その様子から面白くない話である事が伺える。私はため息をつきながら、
「……執務室にはテオが居るから、私の部屋で話しましょう」
とギルバートに声をかけた。
私の部屋でメイドがお茶を用意する。私達二人の前には琥珀色のお茶が置かれる。
とても良い香りだ。……多分、話を聞けば不味くなるのでしょうけど。
メイドが頭を下げて部屋を出ていくのを見届けてから、私は口を開いた。
「その様子だと、アイリスさんを説得出来なかったようね」
「……申し訳ございません。家庭教師の件は盗人をテオドール様に近づけたくなかったのだ!の一点張りで。ならば、こちらへ相談してくれれば……と言ったのですが、ご主人様にはちゃんと話していた。だから、支援のお金に家庭教師の給金が含まれているとは思わなかった…と」
「公爵様に尋ねることも出来ないわ……死人に口なしだもの」
「強くこちらが言えば泣き出すし……」
「彼女は男性に責められると涙腺が脆くなる様だわ」
「奥様と正反対でございますね」
……ギルバート……一言多いのよ。
「私だって、ここに嫁ぐ前はもう少ししおらしかったわよ。私を変えたのは、このオーネット公爵家よ!」
と私が睨んでもギルバートはどこ吹く風だ。原因の一端を担っていると言うのに。
「そこはもう、問い詰める事は困難ね。で、借金については?」
「もちろん、借用書もありますからそれは認めました。……しかしですね……」
「しかし……何?」
「あれは自分が壊した物ではない……と。元々壊れていたのに、メイドから責任転嫁をされた……と申しておりまして。だから本来なら返す必要もない金だと」
「話の論点がずれてるわ。私が聞きたいのは、どこかにお金を隠し持っていないか……という事よ。彼女……領地でどんな暮らしをしていたの?そんな贅沢を?」
「すみません……今までそんな所まで調べた事はなかったのです。ご主人様の最愛の方を疑うのも忍びなく……」
とギルバートの声は段々と小さくなっていく。
「公爵様の前では猫を被っていたのかしら?……仕方ない。テオに聞いてみましょう」
気は乗らないが、テオと話をしてみよう。借金かぁ……聞きにくい事、この上ない。
「テオ、少し話をしましょう」
私が執務室へ戻ってテオへ声をかけると、テオは神妙な顔をした。
「あの人……また何かやったんですね……」
と言うテオの顔は少しイラついている様だった。
母親への嫌悪感が強い様だ。困ったものだ。
私とテオは執務室の隣の簡易的な応接室で話をする事にした。
いつもの様に私がお茶を淹れる。テオもそんな私の姿に慣れてきた様だ。
「テオ、領地ではどんな生活だった?アイリスさんは贅沢を?」
私は単刀直入に尋ねる。
「うーん……。家は結構立派でしたよ。周りは『たかがパン屋なのに、どうしてこんな立派な家に?』って不思議がる人も居ましたが、そのせいで村八分……なんて事はありませんでした」
それはテオの作るパンが美味しかったからだろう。
売上が良ければ、周りもそんなものかと納得していた筈だ。
「そう。……他に気づいた事は?」
「着ている物は……普段は村の皆と変わらなかったと思います。着飾ったって出掛ける場所なんてなかったし。でも……公爵様が来るって日には高そうなワンピースを着てましたよ。
……笑えるのが、ステラ様に敵対心を持っていたせいで、そのワンピースの色が若い女性が選ぶ様な物ばかりだった事です。桃色や黄色、若草色のワンピースは自分を若く見せてくれる!って豪語してました。
ここに来た日の事覚えてますか?あれも貴方に対抗したからですよ。ワンピースの色を、いくら薄桃色にした所で、貴女の美しさには敵わないのに」
そう言うとテオは苦笑した。
なるほど。あの日アイリスさんがあの色のワンピースを着ていたのは、そんな理由が……。それは分かったが、最後の『貴女の美しさには敵わない』とは?私の聞き間違いかしら?
自分で言うのもアレだが、私の容姿は平凡で特徴もない。間違いなくアイリスさんの方が容姿的に優れている。
しかし、そこを突っ込んで尋ねる勇気は私にはない。
「確かに、彼女の着ていたワンピースは質の良いものだったわ。……公爵様はその……倹約家だったから、意外とアイリスさんには出し惜しみをする事はなかったんだな……と思った事を覚えているわ」
流石にはっきり『ケチ』とは言えなかった。
「え?でもあの人は『もう少しお金を出して貰わないとテオドールの物を買えないわ』と言ってました。
俺はどれぐらいお金を援助して貰っていたのか、具体的な数字は聞いていませんでしたから、意外と公爵って言っても金はないのかな……って思ってて。
この家に来て、あまりの豪華さにびっくりした程です」
この王都のタウンハウスは、領地の本宅よりは豪華な造りになっているが、他の公爵家や、侯爵家の邸宅に比べれば、若干地味な雰囲気だ。
良く言えば重厚感があるとも言える。
「テオ……物凄く尋ね難いんだけど……アイリスさんに借金があった事は知ってる?」
私が思い切って尋ねると、テオは驚いたような顔をした。
テオの表情の変化に気づく様になった自分を褒めてあげたい。