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第39話

屋敷へ戻ると、ギルバートが渋い顔をして立っていた。


「あら?お出迎え?珍しいわね」

と私が皮肉っぽく言えば、


「奥様にお話したい事があるので」

とギルバートは答えた。


その様子から面白くない話である事が伺える。私はため息をつきながら、


「……執務室にはテオが居るから、私の部屋で話しましょう」

とギルバートに声をかけた。


私の部屋でメイドがお茶を用意する。私達二人の前には琥珀色のお茶が置かれる。

とても良い香りだ。……多分、話を聞けば不味くなるのでしょうけど。


メイドが頭を下げて部屋を出ていくのを見届けてから、私は口を開いた。


「その様子だと、アイリスさんを説得出来なかったようね」


「……申し訳ございません。家庭教師の件は盗人をテオドール様に近づけたくなかったのだ!の一点張りで。ならば、こちらへ相談してくれれば……と言ったのですが、ご主人様にはちゃんと話していた。だから、支援のお金に家庭教師の給金が含まれているとは思わなかった…と」


「公爵様に尋ねることも出来ないわ……死人に口なしだもの」


「強くこちらが言えば泣き出すし……」


「彼女は男性に責められると涙腺が脆くなる様だわ」


「奥様と正反対でございますね」


……ギルバート……一言多いのよ。


「私だって、ここに嫁ぐ前はもう少ししおらしかったわよ。私を変えたのは、このオーネット公爵家よ!」

と私が睨んでもギルバートはどこ吹く風だ。原因の一端を担っていると言うのに。


「そこはもう、問い詰める事は困難ね。で、借金については?」


「もちろん、借用書もありますからそれは認めました。……しかしですね……」


「しかし……何?」


「あれは自分が壊した物ではない……と。元々壊れていたのに、メイドから責任転嫁をされた……と申しておりまして。だから本来なら返す必要もない金だと」


「話の論点がずれてるわ。私が聞きたいのは、どこかにお金を隠し持っていないか……という事よ。彼女……領地でどんな暮らしをしていたの?そんな贅沢を?」


「すみません……今までそんな所まで調べた事はなかったのです。ご主人様の最愛の方を疑うのも忍びなく……」

とギルバートの声は段々と小さくなっていく。


「公爵様の前では猫を被っていたのかしら?……仕方ない。テオに聞いてみましょう」


気は乗らないが、テオと話をしてみよう。借金かぁ……聞きにくい事、この上ない。



「テオ、少し話をしましょう」

私が執務室へ戻ってテオへ声をかけると、テオは神妙な顔をした。


「あの人……また何かやったんですね……」

と言うテオの顔は少しイラついている様だった。

母親への嫌悪感が強い様だ。困ったものだ。


私とテオは執務室の隣の簡易的な応接室で話をする事にした。


いつもの様に私がお茶を淹れる。テオもそんな私の姿に慣れてきた様だ。


「テオ、領地ではどんな生活だった?アイリスさんは贅沢を?」

私は単刀直入に尋ねる。


「うーん……。家は結構立派でしたよ。周りは『たかがパン屋なのに、どうしてこんな立派な家に?』って不思議がる人も居ましたが、そのせいで村八分……なんて事はありませんでした」


それはテオの作るパンが美味しかったからだろう。

売上が良ければ、周りもそんなものかと納得していた筈だ。


「そう。……他に気づいた事は?」


「着ている物は……普段は村の皆と変わらなかったと思います。着飾ったって出掛ける場所なんてなかったし。でも……公爵様が来るって日には高そうなワンピースを着てましたよ。

……笑えるのが、ステラ様に敵対心を持っていたせいで、そのワンピースの色が若い女性が選ぶ様な物ばかりだった事です。桃色や黄色、若草色のワンピースは自分を若く見せてくれる!って豪語してました。

ここに来た日の事覚えてますか?あれも貴方に対抗したからですよ。ワンピースの色を、いくら薄桃色にした所で、貴女の美しさには敵わないのに」

そう言うとテオは苦笑した。


なるほど。あの日アイリスさんがあの色のワンピースを着ていたのは、そんな理由が……。それは分かったが、最後の『貴女の美しさには敵わない』とは?私の聞き間違いかしら?

自分で言うのもアレだが、私の容姿は平凡で特徴もない。間違いなくアイリスさんの方が容姿的に優れている。

しかし、そこを突っ込んで尋ねる勇気は私にはない。


「確かに、彼女の着ていたワンピースは質の良いものだったわ。……公爵様はその……倹約家だったから、意外とアイリスさんには出し惜しみをする事はなかったんだな……と思った事を覚えているわ」


流石にはっきり『ケチ』とは言えなかった。


「え?でもあの人は『もう少しお金を出して貰わないとテオドールの物を買えないわ』と言ってました。

俺はどれぐらいお金を援助して貰っていたのか、具体的な数字は聞いていませんでしたから、意外と公爵って言っても金はないのかな……って思ってて。

この家に来て、あまりの豪華さにびっくりした程です」


この王都のタウンハウスは、領地の本宅よりは豪華な造りになっているが、他の公爵家や、侯爵家の邸宅に比べれば、若干地味な雰囲気だ。

良く言えば重厚感があるとも言える。


「テオ……物凄く尋ね難いんだけど……アイリスさんに借金があった事は知ってる?」

私が思い切って尋ねると、テオは驚いたような顔をした。


テオの表情の変化に気づく様になった自分を褒めてあげたい。

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