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第36話  sideテオ

〈テオ視点〉



「クッキー美味しーい!」

俺が焼いたクッキーを大きな口で頬張るこの女性。ステラ・オーネット公爵夫人。俺の父親……の奥さんだ。


「奥様、もう少しお上品に食べて下さいよ」

と苦笑いしている男性はアーロンさん。

俺が約一年後、このオーネット公爵を継いだら、俺の執事になる人らしい。

今はステラ様の補佐として、この公爵家を支えている。


「だって美味しんだもの。王都の有名店なんかよりも全然!」

と笑顔のステラ様に、


「大袈裟ですよ……」

と俺は恥ずかしくなって少し俯いた。


俺がこの屋敷に来てから、約一ヶ月半。俺も少しだけこの生活に慣れてきた。…少しだけだが。


幼い頃『あなたはオーネット公爵っていうこの国でも有名な貴族の息子なの!あなたはいずれその家を継ぐのよ』と母親に言われた。

最初は何の事だかさっぱりわからなかった。

『この事は絶対に秘密。わかったわね?』と念を押され、その事が自分の家に父親が居ない事の理由なんだと理解した。


小さな頃は父親と言われる男と会っていた。しかし、抱き締められた事も優しい言葉をかけて貰った記憶もない。

怖い顔で俺を見て『励め』と言われるだけ。

いつの頃からか……そんな恐ろしい顔をした男にも会わなくなった。七歳ぐらいだったか?もう十年も前だ。忘れた。


母親……とは言いたくないが、母親はいつまでも夢見がちな女だった。

ずっと王都に憧れていた。俺に『あなたが公爵を継いだら、一緒に王都に住みましょう!楽しみね。王都はきらびやかで、美味しいもの、綺麗な物がたくさんあるの!それにあなたが公爵になれば……私も貴族の仲間入りだわ!』

と目を輝かせていた。


パン作りは母親に習った。しかし、母親はパン作りなど本当は興味なかったんだ。

俺が窯を扱えるようになったら、パン作りの全てを俺に任せるようになった。

勉強を教えてくれていた先生もいつの間にか来なくなった。俺はパン作りに没頭するしか、する事がなくなった。

平民でも教会で勉強出来るのに、そこに通う事も許されない。少し大きくなった俺は父親に似てきたからと、分厚い眼鏡をかけなければ、外にも出して貰えない。

母親にも可愛がって貰った記憶はない。

母親は父親に会う事だけを楽しみにしていた。父親が買ってくれたのか、良いワンピースを着ている日は、父親に会う日だ。俺はその姿を苦々しい思いで見ていた。

もちろんその場に俺は連れて行って貰った事などないし、家に父親が来る日は、パン屋に籠っていた。母親にそうしろと言われていたからだ。


領地ではとにかく目立たぬように生きていた。自分の存在がオーネット公爵家にとって大切なのだと母親に何度も言われてそれは理解していた。


『ディーンは誰とも結婚しないから、あなたしか子どもはいないの。今はあなたの存在を秘密にしておかなければならないけど、いつの日か、オーネット公爵家はあなたのものよ。でも、あなたの存在を良く思わない人もいるから、目立たぬようにしていなさい。じゃなきゃ殺されるわ』

と物心ついた俺は、半ば脅しのようなその言葉に縛り付けられていた。


しかし……八年ほど前か?母親がヒステリーを起こした。あの男が結婚したという。


『私を裏切った!!信じられない!信じられないわ!私はもう誰とも結婚出来ないのに!』

とそこら辺にある物全てを壁に投げつけていた。


母親は俺を産んだ事で体を壊したらしく、もう子は産めないと言われたと言っていた。

その事もあり、母親はあの男が絶対に自分を裏切る事はないと思っていたようだ。


だが、あの男は貴族だ。母親と結婚なんて出来る訳がない。俺としては仕方ない事だと思っていたが、母親は荒れた。


その後、あの男は母親をどうにか宥めたのだろう、母親は、

『国王陛下から、押し付けられた結婚だったみたいなの。仕方ないわよね。王命なんだもの。でも、全く興味はないらしいわ。地味で特徴のない女なんだって』

と俺に嬉しそうに報告した。


俺としてはどうでも良かった。その人とあの男の間に子どもが出来れば、俺はお役御免。もっと自由に過ごせる様になるのではないかと思えば、逆にそれを望む日々だ。


しかし、母親はやはりその女性の存在を面白く思っていなかったようだ。


『若いだけしか取り柄のない女って嫌よね』

と事ある毎に俺に言っていた。

『どうでも良い』

俺の返事は毎回変わらないのに、母親は

『テオドールもそう思うでしょ?』

と俺に同意を求めた。


あの男が母親に何と言っていたのかは知らない。

だが、段々と母親の精神は不安定になっていった。


数年前からか……それはますます酷くなる。


『私の前であの女を褒めるなんて!!!バカにしてるわ!』

と言い出した時、俺はつい


『……どんな人なの?』

と尋ねてしまった。


『知らないわよ!!最初は地味だとか平凡だと言っていたくせに!仕事が出来る?女としてそんな事必要ないでしょう!』

と母親は怒ったように……そしてバカにしたようにそう言った。


その後も、母親は度々その女性の事を悪く言っていた。

多分、あの男が母親に奥さんの事を言っているんだろうが、あの男はバカなのか?それとも母親はあの男の前ではこうしてヒステリックに叫んだりしないのだろうか?


だが、俺はその度にその女性に興味を持った。

年齢は俺と十個程違うらしいが、あの男の仕事を手伝っているという。

公爵の仕事ってのが、どんな物かは知らないが、女性でその仕事を手伝えるって……かなり優秀なんじゃないのか?


俺にとっては母親が女性の象徴だった。

だから俺にとって女性ってのは、厄介な者だった。

面倒くさくて、気分屋で……取り扱い注意。女なんて……とずっとそう思っていた。



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