「私?」
驚いて聞き返してしまった。
「……はい。あの人が不機嫌そうに貴女の事を言う度に、俺も貴女に興味が湧いてきて。
でも、此処に厄介になる事には反対してました。貴女に迷惑をかけるのは間違ってるって思ったから。それに……貴女は公爵様の奥様だ。俺達の存在は貴女にとって……不快だと思ってたから」
「テオは……アイリスさんの事をどう思ってるの?」
私はずっと疑問だったテオの気持ちを尋ねてみた。
「……ずっと苦手だった。小さな頃から『あなたは次期オーネット公爵だ』と言われて育ったけど、俺はそんなものに興味はなかったし。普通の家庭が良かった。お父さんとお母さんがいて、裕福でなくても笑い合えるそんな家で育ちたかった」
「……誰だって憧れるものはあるでしょうね。でも人は自分の持ってないものを望むものなの。両親が揃っていないなら、両親を。お金がないならお金を。権力がないなら、権力を。人は出来ない事を数えるわ。そして出来る事には目もくれない。欲深い生き物なのよ。でもそれが人間だもの」
「……俺は間違ってる?」
「いいえ。間違ってない。でも貴方が望まなくても、このオーネット公爵家を継ぐのは貴方よ。子どもは親を選べないわ。不公平かもしれないけど、それも運命と思って諦めて。
そうだ!こう考えるのはどう?きっと貴族の裕福さに憧れる平民もいるでしょう。逆に平民の自由さに憧れる貴族も。貴方はその両方を経験できるのよ?得だと思わない?」
私はそう言って微笑んだ。
アイリスさんはきっと、テオにプレッシャーを与え続けていたのだろう。その割りに教育の機会は奪っていたように思うのだが。
「得……か」
「そう。『発想の転換』ってやつね」
「でも……俺って誰の背中を追えば良いのかな」
公爵様はどうも父親としては失格だったようだし、アイリスさんも……テオの話を聞く限りでは少し頼りない背中だ。
「なら……私の背中はどうかしら?」
「え?ステラ様の?」
「そう!女だけど、結構逞しいでしょう?」
と私がおどけて見せれば、
「ほんとだ」
とテオは微笑んだ。……初めて見たテオの笑顔かもしれない。貴重だ。
「あら、久しぶりねギルバート。意外と時間がかかったのね」
久しぶりに執務室へ顔を出したギルバートに私は笑顔を向けた。
そして、
「テオ。今日は貴方の焼いたクッキーをお茶受けにしたいわ。お願い出来る?」
と机で作業をしていたテオへ声をかけた。
「畏まりました」
と言ってテオは眼鏡をかけながら、部屋を出る。
ちゃんと私の真意を理解しているのだろう。何も言わずにこの場を離れてくれた。
「さて。私が頼んでいたものは見つかったかしら?」
テオが出ていったのを確認してから、私はギルバートと向き合った。
「はい。まさかクビにしているとは思いませんでした」
「やはり……ね」
私がギルバートに頼んでいたのは、テオの家庭教師だった人物を捜す事だった。
「アイリスに宝石強盗の疑いをかけられたそうです」
「まぁ……なんて事。もちろんその方は……」
「認めておりません。しかし、アイリスの家に自由に出入り出来ていたのは事実。盗った証拠はありませんが、盗っていない証拠もありませんでしたので、仕方なかったと」
「悪魔の証明だもの。難しかったのね」
「はい。ご主人様に話すと言われ泣く泣く潔白を証明する事を諦め、解雇を受け入れたそうです」
私はテオの様子と彼の話から、家庭教師は解雇されていたのではないかと推測していた。ギルバートにはその家庭教師を捜し出す様に頼んでおいたのだが……。
「解雇されたのはいつ頃?」
「テオドール様が七歳の時だそうです。家庭教師に就いたのが五歳の時ですから…」
「たった二年……予想より遥かに早かったわ」
と私は呆れたように呟いた。
「それを公爵様には黙っていたのね。アイリスさんは」
「そうでしょうな。ご主人様にも……私にも家庭教師を雇っていると思わせておいてその分のお金も自分の懐に入れていた……と」
「それだけお金が必要だった理由……調べてきたんでしょう?これだけ時間がかかったって事は」
と私が言えば、ギルバートは私の前に一枚の書類を差し出した。