「お金……払います」
テオが思い詰めた様な表情で私にそう言った。
「お金?何の?」
「あの人……お金せびりに来たんでしょう?」
「あぁ……聞いたのね」
「ソニアさんから。今はあの人に付いて観劇に行ってるみたいですけど」
「ソニアったら……。テオに話すなんて」
「ソニアさんも……我慢の限界なんだと思います。俺もずっと側にいたから…ソニアさんの気持ちわかるんで」
とテオは溜め息をついた。
「テオはテオ。アイリスさんはアイリスさん。親子だからって子どもが親の責任をとる義理はないわよ」
「でも…」
「でもはなし。そうねぇ……もしそれでも気になるなら私の仕事の手伝いを頑張って。それで十分よ」
私がそう微笑めば、テオは少し困ったように、
「……がんばります」
と呟いた。
「あ!そうだ。今日はアイリスさんも出掛けてるし、テオ、私と一緒に夕食を食べない?」
と私が明るく提案すると、
「え?ステラ様と?……それは無理……です」
とテオは困惑した。
「無理?どうして?」
「……俺……食事のマナーとか……ちゃんと出来てなくて」
と俯くテオに私は驚いた。
…家庭教師がマナーも教えているものだと思っていた。
本当にどういう事?毎月、家庭教師への給金もアイリスさんに支払っていたと聞いていたのだが……。
「私と二人きりならどう?私がマナーを教えるわ。それで少しずつ学んでいきましょう?ね?」
と私が少し圧し強めに言えば、テオは戸惑いながら、頷いた。
その日の夕食
「さてと。では食事を始めましょう」
と私が微笑めば、
「これは?」
とテオは目の前の食事を見て戸惑いを隠せなかった。
普通、前菜から始まり順番に料理が出てくる物だが、私達の目の前には粗方全ての料理が揃っていた。
「貴方にはいつもこうやって食事が出てるんでしょう?厨房に聞いたの」
「俺達平民は、コースで食べる訳じゃないから」
「それに、今日は二人きり。給仕もいないから、こうして全てを並べたけど、マナーを覚える為に、順番に食べましょう」
と私が言えば、
「でも…この品数だと、冷めますよ?メインの料理」
とテオはますます戸惑った。
「そんな事は気にしないで。さぁ、食べましょう。最初は前菜からね」
と私が声を掛ければ、テオはおずおずとカトラリーを手に取った。
確かにテオはマナーを知らなかった。
が、私が教えれば一度で覚える。
仕事もそうだ。彼はとても真摯に向き合ってくれているので、同じミスを犯す事は少ない。全くない訳ではないが、地頭が良いのだろう。
「そうそう。その調子よ」
と私が微笑めば、
「覚える事が多くて、味がわからない……」
とテオは眉間に皺を寄せた。
私はその姿に笑みを溢す。こんな風にしかめっ面をすると、本当に公爵様にそっくりだ。
しかし、彼はどうして母親について王都に来たのだろう?
今までの彼の言動から、どうしても母親と仲が良いようには思えない。
食事を何とか終え、私は食後のお茶を淹れながら、
「私ね、貴族の令嬢に珍しく成人するまでに婚約者も決まってなかったの」
と話し始めた。少しでもテオの気持ちを解きほぐしたい。
「貴族って……なんでそんな早くに婚約者を決めなきゃいけないんですか?」
とテオは不思議そうにそう言った。
私はテオの前にお茶を置く。テオはそれを何度もフーフーと息を吹き掛けて冷ましていた。
「そうね。でもそうじゃなきゃ、行き遅れちゃうの。良い家柄のご令嬢なら引く手あまただけど、私なんて中の中の伯爵令嬢。しかも三女。しっかり行き遅れだったんだから。良い例よ」
と私が自嘲気味に笑えば、
「……変なの。家柄で選ばれて、好きな人とは結婚出来ないなんて」
とテオは呟く。
「ねぇ。私、恋愛ってした事ないの。それって……どんな感じ?テオにはわかる?」
「……っ。いや……わかりま……せん」
と何故かテオは言葉に詰まった。
「え?テオは今まで好きな人とか居なかったの?領地には同じ年頃の女の子もいたでしょう?」
「……居ません。女の子が苦手だったから」
と俯くテオを見て、こんな所まで父親に似るの?と私はびっくりする。
「どうして?」
「……あの人を見てると、女の人がわからなくて。急に怒ったり、泣いたり。面倒くさくて」
とテオは顔をしかめた。
やはり母親との仲は良くないようにみえる。私はさらに話を続ける。
「テオは……領地に残りたいとは思わなかった?」
と私が尋ねれば、テオは少し間をあけて
「……俺も貴女に会ってみたかったから」
と小さな声でそう言った。