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第31話

「ええ……公爵様から聞いてない?」


「いや……。お飾りってことは……?」


「私は名目上の妻よ。あ!と言っても周りからはおしどり夫婦だって言われてたけど。世間なんてそんなもの。物の本質は見えていないことも多いのよ」

と私が微笑めば、


「そっか。そうだったんだ」

とテオは呟く。その口角はなぜか少し上がっていた。


この場の空気が少し和んだって事かしら?

私はここで尋ねたかった疑問をテオにぶつける事にした。


「ねぇ、テオはパン作りが上手じゃない?お店、手伝っていたの?」


これをきっかけに私はアイリスさんとテオの生活の様子を聞いてみたいと思っていた。


「……手伝うっていうか……。最近は殆んど俺が」

少し躊躇いがちに、そうテオは言った。


「え?そうなの?パン作りは朝も早いから大変だったでしょう?」


「早起きは別に……苦手じゃない。子どもの頃から……だから」


「子どもの頃から?ずっとお手伝いを?」


「あの人、朝が苦手だから。やり方を教わってからは俺が仕込みしてたし」


「……アイリスさんはその間何を?」


「知らない。店に俺が行ってる間の事は何をしてるかなんて興味もなかったから」


テオは今やほぼ無表情だ。まるでアイリスさんに対して何の感情も持っていないような。


「テオは読み書き、計算は出来るわよね?それは誰に?」


「幼かった頃……何度か男の人が家に来て習ったんだ」


「何度か……」


私は自分が疑問に感じていた答えに行き当たった気がした。

真相はギルバートからもたらされるだろうが、私の予感は当たったのではないだろうか?最悪な形だが。


「そう。でも何度か習っただけで出来る様になったのなら優秀ね」

と私が微笑めば、


「店をするのに……必要だったから」

とテオは俯いた。

少し照れているのかもしれない。可愛いところがあるではないか。


しかし……アイリスさんって、領地で何をしていたのかしら?子どもの頃はまだしも、最近はテオに店を任せきりだったのなら、その間何を?


「公爵様とは、会った時にどんな話をしていたの?」


私はなるべくさりげなく尋ねる。ずっと『あの男』と呼んでいたぐらいなので、公爵様との関係性はあまり良かったとは思えなかったからだ。


「あ……公爵様とは、幼い頃に何回か会っただけ。ここ数年は会った事ないよ。……見かけた事はあるけど」


どういう事?!テオのお誕生日は毎年親子三人で祝っていたのではないの?

あの手紙にも『テオも会えるのを楽しみにしてる』って書いてなかった?


「え?どうして?!」

思わず私はテオに聞き返していた。


「さぁ……?あの人には会ってたみたいだけど。……別に俺には会いたくなかったんじゃないかな?」

とテオは面白くなさそうに首を傾げた。


訳がわからない。テオと公爵様は会ってなかった?

公爵様はアイリスさんやテオに会う為に領地へ足繁く通っていたのでは?


……やっぱりもう一度ギルバートに話を聞く必要がありそうだ。


もう少しテオに話を聞きたかったのだが、ソニアの入室により、話を中断せざるを得なくなかった。


「どうしたの?」

私の質問にソニアはチラリとテオを見る。


……アイリスさん関係である事は間違いない。


「俺に出来る事があるなら聞きます」

とテオも察したようにそう言う。


あれからテオは食事をアイリスさんと、とっているらしい。

彼にそれを聞いた時、

『向こうの家では、俺と一緒に食事する事なんてなかったけど』

とテオは呆れたようにそう言った。




「実はアイリスさんが観劇に行ってみたいそうなんです」

と少し申し訳なさそうにソニアはそう言うと私の答えを待った。


「無理だって言って来ます」

と立ち上がろうとするテオに、私は


「テオ、待って。……ソニア、平民の方々が観に行く劇場があったでしょう?ほら、商人の奥様方が楽しんでいらっしゃる」

と立ち上がろうとするテオを制して私はソニアに声をかけた。


「ええ。裕福なご家庭の奥様方が楽しまれている舞台が御座いますね」


「そのチケットを手配してあげてちょうだい」

という私の言葉に、


「甘やかさない方が良いですよ。すぐ調子に乗るんで」

とテオは冷たく言った。


「でも、この屋敷の中でも自由に過ごせないし、さすがにストレスも溜まる頃でしょう。多少の息抜きは仕方ないわ」


「だから……だからあのまま領地で暮らしておけば良かったんだ」

とテオは呟いた。


「?テオは王都に来る事に同意してなかったの?」


「俺は反対しました。だってここに来たって、あの人が出来る事なんて何もない」


「貴方は……アイリスさんの言い分……公爵様を偲んで、彼の想い出のあるこの屋敷で暮らしたいという彼女の言葉に納得していないのね?」


「……多分だけど、あの人はあなたに会いに来たんだ。正当な公爵夫人であるステラ様……あなたに」

とテオは私を見つめた。


「私に?」


「……うん。ここ…一年ぐらいかな?公爵様と会った後、あの人はいつも不機嫌だった。基本的に俺はあの人とあんまり喋らないから、放っていたんだけど……。

最近かな?その日はパンが驚く程良く売れて、いつもより早く家に帰ったんだ。そしたら……公爵様の話し声が聞こえた。俺は……あんまり顔を合わせたくはなかったから、もう一度外へ出ようと思ったんだ。そしたら、あの人の声が聞こえてきて『私以外とは結婚しないという誓いまで破ったくせに、これ以上私を失望させないで!』って聞こえたんだ。

公爵様が結婚した事は俺も知ってた。その時もあの人は荒れてたから。でも『これ以上失望させるな』って言葉の意味はわからなかった。……その時は」


「その時は?」


「うん。それからかな……すごくあの人はあなたを気にするようになった『どんな顔なのか』とか『どんな女性なのか』とか。……あと歳が若いのも気に入らなかったみたいで」


『若い』という定義がどれぐらいの年齢を指すのか私にもはっきりとはわからないが、私はもう若い部類ではない。

確かに、公爵様やアイリスさんよりは若いかもしれないが。

テオの話はまだ続く。


「一度あの人が『私の前で他の女を褒めるなんて!』って荒れてた事があったから……俺の推測だけど公爵様は……あの人の前でステラ様を褒める事があったんじゃないかと思うんだ」

というテオに、


「公爵様の口から女性の話が出るなんてそれは稀な事でしょうし……きっと私の事をお話したんでしょうけど……私、公爵様に褒められた事など……殆んどないのだけど」

と私は少し驚いた様に言った。


あの夜『信用に値する人間』だとは言われた。あれも褒め言葉といえば褒め言葉か。

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