「今日の休憩はゆっくり一緒にお茶でも飲まない?」
私は仕事が一段落した段階でテオに話しかけた。
「……俺のパン、美味しくないですか?」
私が夕食で食べたパンのお礼をテオに言ったせいか、それからテオは毎日休憩時間になると、パンを仕込みに行くようになってしまった。
これではテオに休憩時間がない。しかしテオは私が声を掛ける前に、さっさと部屋を出て行ってしまう。
今日こそは!とフライング気味に私はテオをお茶に誘った。
「違うわよ!テオのパンはとっても美味しいわ。でも、たまには仕事抜きでゆっくり貴方と話してみたいなって思って」
と私が笑えば、テオは少しホッとしたような顔をした。
この部屋で仕事をする時、テオには眼鏡は不要だと言っている。
あの眼鏡はかなり彼の負担になっているのだろう。眉間のシワがますます深くなってしまうからだ。
なのでメイドはこの部屋に存在しない。
「じゃあ、お茶を淹れるわね」
と言う私に、
「え?ステラ様が?」
と少し驚いたような顔をするテオ。
私はそんな彼に思わず公爵様の面影を重ねてしまった。
そういえばあの夜、公爵様も私がお茶を淹れると言ったら驚いていたっけ。
アーロンは既に慣れっこなので、
「奥様のお茶は美味しいですよ」
と笑顔で言った。
「ちょっと!あんまり期待されても困るわ!」
とアーロンに私が口を尖らせてみせると、それを見たテオの口角が少し上がる。
やっと少し、ここの雰囲気にも慣れてくれた様だ。最近では表情がほんの少しだが和らいだように見える。
私の淹れたお茶を何度もフーフーするテオに、
「テオはもしかして猫舌なの?」
と尋ねた。こんな所まで親子って似るのかしら?
「はい。熱いのは苦手で」
と少しテオは恥ずかしそうにした。
「お父様と同じね」
と私が微笑めば、テオは少しだけ寂しそうな表情になった。
テオは表現が苦手なだけで、無表情な訳ではない。よーく見ていれば、なんとなく喜怒哀楽はわかる……気がする。
私はそれを見て後悔した。
「ごめんなさい。貴方にとってはお父様が亡くなったんだもの。思い出すのは辛かったわね。無神経だったわ」
と私は素直に謝罪した。
テオは慌てて、
「いや!……別に。辛いなんて事は……」
と私にそう言うと、少し俯いた。
そして、意を決した様に顔を上げると、
「ステラ様は……公爵様の事を愛してたんですか?」
と私に尋ねた。
私が何度か注意したお陰でテオは『あの男』ではなく『公爵様』と呼べるようになっていた。
しかし今はそんな事を気にしている場合ではない。
さて……これはどう答えるのが正解なのかしら?
自分の父親のお飾りの妻の気持ちなんて聞いても楽しい?
隠しても仕方ないけど……と考えながら私は自分の気持ちに改めて向き合ってみる。
私は公爵様を愛していたのか?
……よーく考えてみても答えは『NO』だ。
私の心のどこを探してみても、公爵様を愛していた気持ちなど見付からない。
では……嫌いだったのか?
実はその答えも『NO』だ。
これは最近気づいた自分の気持ち。
もちろん最初は大嫌いだった。これは胸を張って言える。
しかしさすがに八年も人を嫌い続けるのも、それはそれで労力がいるのだと私は最近気づいた。
私がそれなりの情を公爵様に感じていた事は確かだ。しかし、それを『家族の情』だと言ってしまうには、私達の関係はあまりにも希薄過ぎるだろう。
そう……例えるならば『仕事仲間』だ。
正直、細かい事に難癖をつける嫌な上司ではあったが。
黙りこんだ私の耳に
「すみません。俺の方こそ無神経でした」
とテオの声が聞こえて、私はふと我にかえった。
「え?なに?どうして謝るの?」
と目を丸くする私に、
「……だって。ステラ様にとっては俺も……俺の母親も……憎らしい存在じゃないですか」
と申し訳なさそうにするテオ。
あらら。黙り込んだ私はどうもテオに勘違いをさせてしまったようだ。
「ふふっ。違うのよ。私はテオの事もアイリスさんの事も、憎んだり恨んだりしてないわ。
……そうねぇ。私は公爵様を愛してはいなかったし嫌ってもいなかった。
普通の政略結婚とも少し違うし……私達の関係を言葉にするのは少し難しいかもしれないわね。出会いは最悪だったし」
と私は言って、また『ふふふ』と笑った。
我が家で初めて公爵様と出会った時を思い出して。
そんな私にテオはまた複雑そうな顔をした。
「そんな顔をしないで。私は私でここに嫁いで良かったって思ってるの。
じゃなきゃ、実家で肩身の狭い思いをしていたに違いないわ。
例えお飾りであったとしても、私、後悔した事はないもの」
と言った私に、テオは
「……お飾り?」
と目を丸くした。
あれ?知らなかった?