目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第30話

「今日の休憩はゆっくり一緒にお茶でも飲まない?」

私は仕事が一段落した段階でテオに話しかけた。


「……俺のパン、美味しくないですか?」


私が夕食で食べたパンのお礼をテオに言ったせいか、それからテオは毎日休憩時間になると、パンを仕込みに行くようになってしまった。

これではテオに休憩時間がない。しかしテオは私が声を掛ける前に、さっさと部屋を出て行ってしまう。

今日こそは!とフライング気味に私はテオをお茶に誘った。


「違うわよ!テオのパンはとっても美味しいわ。でも、たまには仕事抜きでゆっくり貴方と話してみたいなって思って」

と私が笑えば、テオは少しホッとしたような顔をした。


この部屋で仕事をする時、テオには眼鏡は不要だと言っている。

あの眼鏡はかなり彼の負担になっているのだろう。眉間のシワがますます深くなってしまうからだ。

なのでメイドはこの部屋に存在しない。


「じゃあ、お茶を淹れるわね」

と言う私に、


「え?ステラ様が?」

と少し驚いたような顔をするテオ。

私はそんな彼に思わず公爵様の面影を重ねてしまった。

そういえばあの夜、公爵様も私がお茶を淹れると言ったら驚いていたっけ。


アーロンは既に慣れっこなので、


「奥様のお茶は美味しいですよ」

と笑顔で言った。


「ちょっと!あんまり期待されても困るわ!」

とアーロンに私が口を尖らせてみせると、それを見たテオの口角が少し上がる。

やっと少し、ここの雰囲気にも慣れてくれた様だ。最近では表情がほんの少しだが和らいだように見える。


私の淹れたお茶を何度もフーフーするテオに、


「テオはもしかして猫舌なの?」

と尋ねた。こんな所まで親子って似るのかしら?


「はい。熱いのは苦手で」

と少しテオは恥ずかしそうにした。


「お父様と同じね」

と私が微笑めば、テオは少しだけ寂しそうな表情になった。


テオは表現が苦手なだけで、無表情な訳ではない。よーく見ていれば、なんとなく喜怒哀楽はわかる……気がする。


私はそれを見て後悔した。


「ごめんなさい。貴方にとってはお父様が亡くなったんだもの。思い出すのは辛かったわね。無神経だったわ」

と私は素直に謝罪した。


テオは慌てて、


「いや!……別に。辛いなんて事は……」

と私にそう言うと、少し俯いた。

そして、意を決した様に顔を上げると、


「ステラ様は……公爵様の事を愛してたんですか?」

と私に尋ねた。


私が何度か注意したお陰でテオは『あの男』ではなく『公爵様』と呼べるようになっていた。


しかし今はそんな事を気にしている場合ではない。

さて……これはどう答えるのが正解なのかしら?


自分の父親のお飾りの妻の気持ちなんて聞いても楽しい?



隠しても仕方ないけど……と考えながら私は自分の気持ちに改めて向き合ってみる。


私は公爵様を愛していたのか?

……よーく考えてみても答えは『NO』だ。

私の心のどこを探してみても、公爵様を愛していた気持ちなど見付からない。


では……嫌いだったのか?

実はその答えも『NO』だ。

これは最近気づいた自分の気持ち。


もちろん最初は大嫌いだった。これは胸を張って言える。

しかしさすがに八年も人を嫌い続けるのも、それはそれで労力がいるのだと私は最近気づいた。


私がそれなりの情を公爵様に感じていた事は確かだ。しかし、それを『家族の情』だと言ってしまうには、私達の関係はあまりにも希薄過ぎるだろう。

そう……例えるならば『仕事仲間』だ。

正直、細かい事に難癖をつける嫌な上司ではあったが。


黙りこんだ私の耳に


「すみません。俺の方こそ無神経でした」

とテオの声が聞こえて、私はふと我にかえった。


「え?なに?どうして謝るの?」

と目を丸くする私に、


「……だって。ステラ様にとっては俺も……俺の母親も……憎らしい存在じゃないですか」

と申し訳なさそうにするテオ。


あらら。黙り込んだ私はどうもテオに勘違いをさせてしまったようだ。


「ふふっ。違うのよ。私はテオの事もアイリスさんの事も、憎んだり恨んだりしてないわ。

……そうねぇ。私は公爵様を愛してはいなかったし嫌ってもいなかった。

普通の政略結婚とも少し違うし……私達の関係を言葉にするのは少し難しいかもしれないわね。出会いは最悪だったし」

と私は言って、また『ふふふ』と笑った。

我が家で初めて公爵様と出会った時を思い出して。


そんな私にテオはまた複雑そうな顔をした。


「そんな顔をしないで。私は私でここに嫁いで良かったって思ってるの。

じゃなきゃ、実家で肩身の狭い思いをしていたに違いないわ。

例えお飾りであったとしても、私、後悔した事はないもの」

と言った私に、テオは


「……お飾り?」

と目を丸くした。


あれ?知らなかった?


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?