「テオドール様については……如何いたしましょう」
と私に尋ねるギルバート。
さっきの失礼な発言、無かった事にはならないからね?
「彼は私を手伝いたいと……そう言ったわ」
「そうなのですか?」
「ええ。でも少しだけ手伝って貰ったのだけど……彼はどこか勉強出来る場所へ通っていたのかしら?」
「平民の行く学校には通わせず、それ以上の教育をつけるよう家庭教師を公爵様から雇う様に言われて、私が秘密を守れる人物を探しました」
「じゃあ、その家庭教師はテオドール様の事を?」
「あ、ご主人様が父親だと言う事は言っておりません。さる高貴な方の血筋だとだけ」
「……あの顔見たら父親が誰か分かるでしょう?」
「それを含め秘密を守れる者を」
「人を信用し過ぎじゃない?」
「その者の弱味を握っておりましたので」
……それを世間一般では『脅迫』というのよ?
「まぁ……実際その者の口から秘密が漏れている訳ではないみたいだから、貴方の人選は間違っていなかった……と言いたい所だけど、その者は家庭教師としては優れた人物ではなかったという事ね」
「どういう事でしょう?」
「彼の学力よ。読み書き、計算は出来るわ。でも、それは平民でも裕福な子が通う様な学校へ行けば習得出来る。
彼はそれ以上でもそれ以下でもない。これでは一年後公爵を継いだ途端に困る事になるでしょう」
「まさか!いずれテオドール様はこのオーネット公爵家を継ぐお方。それに相応しい家庭教師を選んだ筈!!」
「……落ち着きなさい。珍しいわね、貴方が。その者が優れた家庭教師ではなかったのか……それともテオドール様の能力がそれぐらいしかないのか……それはこれから見極めるわ。彼には私が仕事を教えます」
と私が言えば、
「もし後者だとすれば……婚約者の選び方を考えないといけませんな」
とギルバートは重々しく言った。
こうして貴族という世界に足を踏み入れたテオに少し同情した。もし彼に好きな人が居たとしても……その望みは叶えてあげられそうにない。
父親である公爵様でさえ、好きな女性とは添い遂げられず、こうして意に沿わぬ相手と結婚しているのだから。
ギルバートはアイリスさんに何度も
『この屋敷に居たいのなら、大人しく、目立たずに過ごすように』
と言い聞かせたらしいが……どうも彼女には響いていないようだ。
その日の夕食、
「これ、テオドールさんが作ったんですよ」
と 料理長が私にバスケットに乗せたパンを差し出した。
ここの皆にはテオは『テオドールさん』と呼ばれている。
テオが後々この公爵家を継ぐ人物だと皆が知った時の事を思うと……申し訳ないと思うが仕方ない。
「テオが?」
「はい。今日の午後フラッと厨房に来ましてね。パンを作りたいと」
「今日?」
休憩を与えたあの時間に、テオはパンを?
「はい。発酵する時間が必要でしたから、仕込むだけ仕込んで。さっきまたテオドールさんが来て焼き上げました」
私がその焼き上がったばかりのパンを半分に割ると、少し湯気が立ち上る。
一口齧ると、小麦の良い香りとバターのコクを感じた。
「美味しい」
と私は笑顔になる。
中々焼きたてのパンを食べる事がなかったので、余計に美味しく感じるのかしら?
私はいつもより上機嫌で夕食を終える事が出来た。
しかし……私の上機嫌は直ぐに急下降する事になる。私の部屋の前に……アイリスさんが居たからだ。
「あの……ステラさん」
と私に駆け寄ろうとするアイリスさんの前にムスカが立ち塞がる。
ムスカも彼女とテオについては真実を知っている一人だ。
ムスカが、
「ソニアにも言われたでしょう?『さん』ではなく『様』と呼ぶように」
と無表情にそう言うと、アイリスさんは目に涙を浮かべ、
「そ、そんな怖い顔なさらなくても……」
と声を震わせた。
彼女は嘘泣きだけでなく、誰かに冷たくされると直ぐに涙を出せる体質の様だ。
ちなみにムスカは怖い顔をしている訳ではない。通常通りだ。
「アイリスさん、どうかなさいましたか?」
と泣かれると面倒くさいと思った私が声を掛けた。
「あの……せめて食事はテオドールと一緒に食べてはダメかしら?一人では寂しいわ」
「それはテオに直接言って下さる?私は『部屋に運ぶように』と指示しただけで一人で食べろとは言ってないわ。テオの分も部屋に運ばせてるから一緒に食べたいのなら、二人で話して」
「テオドール、全く私に顔を見せてくれないの。ここに来てもう四日ほどになるけど、昨日もね……」
……話が長くなりそうだ。
女性は往々にしてお喋り好きだが、疲れている私には少々荷が重い。