私は机に向かって書類と格闘しているテオの姿を見ながら、昨晩のギルバートとの会話を思い出していた。
「まさかこちらに来てるとは……ッ!!」
と私の前で項垂れるギルバート。
「彼女達に会いに行ったのね」
「家には売却済の張り紙が。今回は店の再建資金の見積りを元にお金を用意して行ったのです。これは生前ご主人様に頼まれていた事。完全にご主人様のポケットマネーで……」
と言うギルバート。
あら、ケチな公爵様には珍しく自分のお金を出すつもりだったのね。
だって愛人を囲うのに、領地の本宅のパン代として経費に上げてた人だもの。
「もぬけの殻でびっくりしたでしょう?貴方、領地へ赴く日にちを彼女に教えていたのではなくて?」
「……はい。お店を早く再建したいから……という理由で、お金はいつになるのかと、尋ねられておりまして。
再建と言っても直ぐに叶う訳じゃありません。それまでの二人の生活費も込みで用意して行ったのですが……」
「貴方を出し抜いてこちらに来た……と。そういう事ね。そのパン屋は元々彼女のご実家?」
「そうです。彼女の両親が営んでいた店でした。しかしアイリスが子どもの頃両親は亡くなって。彼女は親戚に引き取られて領地を去りました。
アイリスの両親の作るパンは評判で、本宅は元々彼女の両親の時代から取引を。
その頃からご主人様とアイリスは仲良くしておりましたので、アイリスが領地から去るとご主人様は目に見えて落ち込んでおりました」
あの仏頂面の公爵様の子ども時代が想像出来ない。無邪気な時などあったのだろうか?
「そしてアイリスが十八歳になって領地へ戻ると、ご主人様と想い合う関係に。
アイリスは両親の店をもう一度パン屋として復活させました。それに手を貸したのもご主人様です」
「アイリスさんって……何歳なの?」
「確か……ご主人様より三歳程歳下だったかと」
「そう……。じゃあ、公爵様は幼い頃からアイリスさんを想っていてそのせいでずっと婚約者を決める事を渋っていたって訳ね」
「もう二度と会えないかもしれないアイリスをずっと想っておいででした。……まぁ、それ以前にご主人様は本当に女性が苦手で」
その上、初恋を拗らせていたという訳か……筋金入りね。
「前回……ご主人様が亡くなった事を報告に行った時は、それはもう……悲しんで、号泣して……後を追うんじゃないかと思うほどの悲しみ様だったんです。
何とかそれを説得して、その後、私に『後一年、テオドール様を責任もって慈しみ育てます』と誓ってくれたのですが。
まさかこんな事になるとは……」
「今さら、それを言っても仕方ないでしょう。私もなんとか領地へ帰って貰うように言ったのだけど……肝心な所は話をはぐらかされてる感じで、上手く説得出来なかったわ。貴方、ここに来る前に話を彼女から訊いたんでしょう?何か肝心な話は聞けた?」
「いえ……。アーロンと共に部屋へ伺いましたが、奥様へ話した内容とほぼ同じだったとアーロンが。領地に留まる必要を感じない、この屋敷でご主人様を偲んで生活したいと望むのが何故悪いのかと言われました。本当の所は私にもよく分かりません。
彼女の行動がこの前と違いすぎて。
私が少し強い口調で詰めたのですが、最後は泣き始めまして。困ったものです」
と言うギルバートの顔は苦虫を潰した様な表情だ。
「あら?貴方はアイリスさんの味方なのだと思っていたわ」
と私が言えば、
「ご主人様が大切にされていた事、テオドール様の母上である事で尊重していただけです。テオドール様をこの屋敷で守るのであれば……正直彼女は必要ない」
とギルバートは吐き捨てた。
……ちょっと言い過ぎじゃない?
「でも彼女が居なければ、テオドール様の存在はないわ」
「でもアイリスが居なければ、ご主人様にはもっと相応しいご令嬢を結婚相手に選ぶ事が出来たのも事実です!」
……ん?それって私にも喧嘩売ってる?
「でも女性が苦手だったんでしょう?アイリスさんが居なければ、このオーネット公爵家は遠縁から養子を迎えないといけなくなったかも。『卵が先か鶏が先か』ってところね」
と私は暗にギルバートに私も相応しい嫁ではなかったと言われた事を無視して話を進めた。
私の後ろに控えたアーロンからは不機嫌さが漂ってるけど、ギルバートは全然気にしていないようだ。……図太い。