私はあの二人と別れ、公爵様の執務室へと戻って来た。
「奥様、よろしかったんですか?」
とドアをパタンと閉めてから、アーロンは我慢出来ないといった様子で私に尋ねた。
「仕方ないわ。ああでもしないと、引いてくれなさそうだったし。儚げなのに圧しが強いのもね」
と私はため息をついた。そして私が気づいた違和感の正体をアーロンにだけそっと口にする。
「それに…彼女を見た時からずっと違和感があったの。さっき、応接室を出る時に気づいたんだけど……」
「違和感ですか?」
「ええ。彼女の着ていたワンピースよ。派手ではないけど質の良い物で公爵様が彼女達の支援にお金を思いの外使っていた事は窺えたけど、私の違和感はね……ワンピースの色。薄い桃色だったわ」
「……確かに」
「まだ公爵様の喪も明けてないのにね」
と私は窓の外を見た。
お飾りの妻であった私でさえ黒いドレスを身に纏っているのだ。……愛する男性が亡くなったというのに、桃色のワンピースを選ぶのだろうか?
「奥様。何となく嫌な予感がしますね」
と言うアーロンに、
「奇遇ね。私も同じ様に思っていたわ。それにギルバートが居ない今日を狙って来たのなら、私達が思っているより彼女は厄介かもしれない」
私は窓から顔をアーロンの方へと戻すと、
「ソニアとムスカには真実を告げましょう。彼女の事はソニアに任せるわ」
と私は告げた。
「畏まりました。この秘密を三人だけで抱えておくのは私も無理そうです」
とアーロンも頷いた、そして
「テオドール様については……如何いたしましょうか」
と困った様に私に問いかけた。
「さて……彼がどんな人物なのか、皆目見当もつかなかったわ……ただ、母親との仲は微妙に思えたけど。その理由が彼から語られる日が来るかしら?」
と私は溜め息をついた。
そして、
「直ぐにギルバートに連絡して。もしかすると、アイリスさんの家が売り払われているのを見て、なんとなく見当がついて戻って来ている頃かもしれないけど」
と私は肩を竦めた。
「私の仕事を手伝いたいの?」
執務室に訪ねてきたテオドール様に私は聞き返した。
「だって、あの男の仕事を今やってるのって、あんただろ?」
と言うテオドール様に、
「『あんた』ではありません。奥様です!」
とアーロンが目くじらを立てた。
アーロン、怒るのはそこじゃなくて、公爵様を『あの男』って呼んだ方じゃない?
しかし、父親の事も母親の事も『お父さん、お母さん』とは呼ばないのね。
難しい年頃なのかしら?反抗期?
「旦那が死んでも奥様って呼ばなきゃだめなの?」
と不貞腐れた様に言うテオドール様に、
「私は別に奥様と呼ばれなくても大丈夫です。ただし『あんた』はダメ。今、テオドール様は単なる客人、しかも平民の、です。私にも立場がありますから」
「奥様ってなんか……じゃあ名前で呼ぶよ。『ステラ様』で良い?」
「ええ。それで十分です。では私もテオドール様と呼ぶのはおかしいので、この一年は『テオドール』と呼ばせていただきますね」
と私は微笑んだ。
ちゃんと私の名前を覚えていてくれたようでホッとする。
「いや……俺の事は『テオ』って呼んでくれ。親しい人は皆、そう呼ぶ」
「そう?ならば『テオ』と呼ぶわ。私を親しい人の仲間に入れてくれてありがとう、テオ」
と私が言えば、テオは少しだけ頬を赤くした。
……照れてるのかしら?可愛いところもあるじゃない。
「奥様……あの方がちょっと……」
とソニアが言い難そうに話を切り出した。
私の横に座って書類を揃えているテオをチラリと見る。
これから母親の悪口が始まりそうな予感に私は、
「テオ、少し休憩して良いわよ」
と退出を促せば、
「あの人の事なら、別に俺に気を使わなくて良いです」
と無表情にそう言った。
ソニアもそんなテオに少し困ったようにモジモジしてる。
テオはソニアのその様子に、
「やっぱり、休憩してきます」
と眼鏡を掛けると部屋を出て行った。
テオは無口だ。
読み書き、計算ぐらいは出来るが、それ以上の教育を受けている様には見えなかった。
昨晩血相を変えて領地から帰って来たギルバートに、アイリスさんとテオの事についてゆっくり話を聞いたのだが、どうも私の見ている二人の様子と重ね合わせる事が出来ない。
またもや違和感が半端ない。