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第22話

「あら?ギルバートはどこ?」

私がソニアに尋ねると、


「確か、今朝から領地へと向かった筈ですよ?」

と答えが返ってきた。


うちに口を出してきそうな親戚はこの三日間で殆んど顔を合わせた気がする。

今日ぐらいはゆっくり過ごしたい。


そう思いながら私は一口お茶を飲んだ。

この朝の一時が嵐の前の静けさだとは思いもせずに。



私の仕事場は公爵様の執務室へと移った。


私が、その提案をした時のギルバートは不満そうだったが、私の部屋のテーブルはお茶を飲んだり本を読んだりする為の物で、やや小ぶりである。

今まで、公爵様の手伝いをする時にも結構、不便を感じていたのだ。これくらいのワガママは許されて当然だと私は思う。



執務室で仕事をしていると、血相を変えたアーロンが飛び込んで来た。


アーロン、ノックは?と思わなくはなかったが、彼のただならぬ様子に私はその言葉を飲み込んだ。


アーロンは私に駆け寄るなり


「き、来ました!」

と主語をすっ飛ばして話を始める。


「アーロン、落ち着いて!何が来たの?まだうるさい親戚がいたかしら?」


「ち、違います。あれです……あの……アイリス様と…テオドール様です」


アーロンは表情豊かで、若干落ち着きがない。本当にあの仏頂面のギルバートの息子なのかしら?


……と、いけない。びっくりし過ぎて関係ない事を考えて現実逃避しようとしちゃったわ。


「え?何故??」


「わかりません。ただ……奥様にお会いしたいと。どうしますか?」

とアーロンは、私の顔色を窺うようにそう尋ねた。


私は一呼吸置いて、


「会わなきゃ目的もわからないでしょう。…会うわ」

と言って立ち上がる。


「応接室へ通してあります」

というアーロンに私は頷いてみせた。


さて、公爵様の愛した女性とは、どんな人物なのだろうか。確かに興味はある。


これから彼女に相対する訳だが、タイトルを付けるとすれば、本妻VS愛人?いやいや、お飾りの妻VS最愛の女性か?

……まず……VSでもないのかもしれないわね。だって私の不戦敗って所だもの。


私は少し緊張しながら、彼女と息子の待つ応接室へと入っていった。


私が部屋に入ると、すかさず女性は椅子から立ち上がる。

その隣の男の子(少年でもないし青年でもないこの時期の男性をなんて呼んだらしっくりくるのかしら?)は母親が立ったのを横目でチラリと見た後、ゆっくりと立ち上がった。背が高い。


そして二人は私に向かって頭を下げた。


「お直り下さい」

と私が声を掛ける。


女性はおずおずとした様子で顔をあげた。綺麗なプロンドに真っ青な瞳。

こんな大きな子どもがいるのだし、公爵様とは幼馴染みだと言っていたから、きっと年齢は私より随分と上なのだと予想していたけれど……正直私と大差ないような年齢に見える。

その愛らしい容姿に、私はつい(こりゃあ、公爵様も惚れるわ)と心の中で納得した。


しかし……私は何となく違和感を覚える。

なんとも形容し難い違和感。


女性……アイリスさんは、


「お初にお目にかかります。貴女がステラさんですね。ディーンからお話は聞いておりました。お会い出来る事を楽しみにしておりましたの!」

と少しはしゃいだ様にそう言った。


違和感が大きくなる。なんだろう……違和感というより不快感?


さっきのおずおずとした様子はすっかり消え失せている。彼女は子どもの様に手を叩いて私との出会いを喜んでいる……ように見えるのだが、なんだか目が笑ってなくない?


そして彼女の隣の男の子。彼がテオドール様であろう事は間違いようがない。


だって……長身に少し固そうな黒髪。そしてこの国には少し珍しい金色の瞳。

極めつけはこの眉間に皺を寄せた不機嫌そうな顔。公爵様そのものだ。きっと公爵様が十七歳だった頃はこうだったに違いないと確信めいたものまで感じる。

ここまで父親の遺伝子が強いのも珍しいのではないか?というぐらいそっくりだ。


彼は不貞腐れたような態度を崩すことなく無言を貫いていた。


私は、


「はじめまして。ステラ・オーネットです。アイリスさんと……テオドール様ですね。ようこそお出で下さいました。どうぞお座り下さい」

と着席を促した。


さてと。どんなお話があるのかしら?

何となくなんだけど……嫌な予感がするのよね~。


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