しかし……これまたお早いお出ましですこと。
まだ葬儀が終わって一日しか経っていないのだけど。
そう私は心の中で独りごちた。
「いや~前々からこのオーネット公爵家の事はずっと心配していたんだよ。独身を貫いているかと思えば子の産めぬ嫁だろう?『このままではいかん』と何度もディーンには忠告しておったんだがな。
あいつは一向に耳を貸さない。手を焼いていたんだよ。君も不安だろう?わしが来たからもう安心だ」
と口髭を生やしたおっさん……ではなくこの目の前の紳士、オリバー・ヴァローネ伯爵は私に笑顔でそう言った。
彼は公爵様の叔父に当たる。そう前公爵様の弟君という訳だ。
ヴァローネ家に婿養子に行った身ながら、ちょいちょいこの公爵家に口を出していた人物。公爵様に最後まで私と別れて他の令嬢を娶ったらどうだ?と自分の末娘を押し付けていたのは記憶に新しい。
「ご心配ありがとうございます。しかしながらヴァローネ伯爵に気を揉んでいただかなくても大丈夫ですわ。養子にする者を選別しておりますし、その者が公爵を継ぐまでは私が代理を務める事になっておりますので」
と私が微笑めば、
「は?君がか?それは無理だろう?君は……女性だ。このオーネット公爵家を君が?ははははは!笑わせるな。馬鹿も休み休みにしてくれ」
とぜーんぜん面白くなさそうに彼はそう言った。
こいつも男尊女卑か。オーネット公爵家は代々その考え方なのだろうな……と簡単に想像が出来た。
「陛下がお決めになった事を『馬鹿』とは……不敬罪で罰せられても知りませんわよ?それにこれは亡くなった公爵様のご遺志でもありますので。ここはオーネット公爵家。ここにはここのルールがございます。伯爵はご自分のヴァローネ家の心配をなさって下さいませ。領地が飢饉で領民が苦しんでいる最中、こんな所まで足をお運びにならなくても……」
と私が微笑みを絶やさずに言えば、彼は顔を赤くして、
「いいか?君はオーネット公爵家の人間ではない!!子も産んでいないのだから、もうここには不必要な人間だろう!
わしはこのオーネット公爵家の血を継ぐ正当な人間だぞ!
ディーン亡き今、ここをどうするかは私の判断に任せてもらう!」
と私に掴みかかろうとしたのを後ろに控えていたムスカがその手をねじ上げた。
「いたたたた!」
と顔をしかめるヴァローネ伯爵。……滑稽ね。
「離せ!!!」
と叫ぶ伯爵に、
「私の護衛はとても優秀ですの。私に刃向かってくる者は全て排除してくれますのよ。それが例え国王陛下でも」
と私はニッコリ微笑んだ。
「私はこの公爵家の人間だぞ!失礼だろ!!」
と顔を真っ赤にして怒鳴るヴァローネ伯爵に、
「今は私がこの家の最高責任者ですので。私の言葉は公爵様の言葉と思っていただいて結構ですわ。
ご心配していただいたのは有難いのですが……正直に言えば有り難迷惑です。
アーロン、ヴァローネ伯爵がお帰りになるそうよ?玄関までご案内して」
と私がアーロンに言うと、
「ご足労いただき、ありがとうございました。お帰りはあちらです。ご案内いたしましょう」
とアーロンもにこやかに対応した。ムスカは手を離してアーロンに頷く。
伯爵は捻り上げられた腕が余程痛かったのか、擦りながら私に、
「こんな事をしてただで済むと思うなよ!!覚えておけ!!」
と捨て台詞を吐いた。
私は、
「もちろん覚えておきますとも。私、記憶力だけは誰にも負けませんので」
と微笑んでヒラヒラと手を振った。
こんな調子でこのオーネット公爵家の財産や権力を狙う魑魅魍魎達の相手をする事、三日。さすがの私も疲れて来た。
「親戚が多いのも良し悪しね」
と溜め息交じりに言う私に、
「感想はそこですか?」
とアーロンは笑う。
「皆の不安はわかるのよ。オーネット公爵家にたった八年しか携わってない私なんかにこの家を任せるなんて無謀だと思ったって、それは当然だと思うの。でもテオドール様の事は秘密だし……」
「制約の多い中で奥様は良くやってると思いますけどね。私なんてまだこの立ち位置に慣れませんけど」
「私だって慣れないわよ!ただ……負けたくないだけ」
と私が口を尖らせると、
「父に、ですね?」
とアーロンはニヤニヤした。
その通りだ。私はギルバートから『やっぱり奥様では力不足でしたね』と言われたくなくて、ハッタリ半分で頑張っているだけ。
公爵様が亡くなって、もう誰かに馬鹿にされないように肩肘を張る必要はなくなったと思っていたのに……結局、肩肘を張る相手が変わっただけで、私のやる事はあまり変わっていないのだ。……つい溜め息が出るのも仕方ない事だと思う。
葬儀の時に感じた『自由』って何だっけ?